将軍警固の任務
寛永寺を訪れたことはなかったが、web上で画像はみたことがある。もちろん、その写真はすくなくとも150年ちかい将来のもので、幕末、こうしてみてみると、約三十万五千坪というのはすごすぎて、すごいのかどうかもわからない。
現代の皇居も三十五万坪。「東京ディOニーランド」は、二十四万坪。
やはり、すごいひろさなんだろう。
「葵の間」は、根本中堂 裏手に有る別棟である。これもまた、画像でみたことがあるが、慶喜謹慎の場所ということで、当人の写真がしれっと飾られているようである。
新撰組は、その「葵の間」を中心に警固する。泊まり込みのため、寝起きは、テキトーに建物をつかってくれ、という。
まずは、局長、副長、三人の組長が挨拶をする。
組長たちも、此度は回避することができず、ぶつぶついいながら謁見をした。
ひとまず配置もおわり、局長は野村を連れ、屯所の様子をみ、そのまま医学所にひきとった。局長だけは、通いである。
怪我の具合が、思わしくないのであろう。
「ずっと気になってるんだが、俊春、おまえ、大丈夫なのか?」
寛永寺を訪れる客人のためのスペースなのであろう。「葵の間」とは別に棟がある。そこは、ちいさいながらも厨や風呂、畳の部屋が数室あるため、そこを拝借することになった。
双子メイドの夕食を、全員でいただく。
給仕をしている俊春に、そう尋ねたのは永倉である。
いや、正直、尋ねてくれてありがとうって感じである。
なぜなら、おれもふくめ、だれもが思っていることだからである。
「は?なにがでしょうか?」
俊春は、永倉の七杯目の飯のおかわりをさしだしつつ、不思議そうにきき返す。
「なにがって、その相貌やら掌やら頸の傷だ。まさか、兄貴とまた殴り合った、なんてことはないよな?」
永倉は、廊下のほうをチラ見する。
さきほど、俊冬が副長と島田を呼び止め、三人でどこかにいってしまったのである。
「いえ、そんな程度ではないですよ。やはり、俊冬殿に虐待でもされてるのでは?」
痣やら切り傷、擦り傷、ありとあらゆる類の傷をこさえている。
これはもう、刑事事件レベルである。
「虐待というのが、鍛錬してもらっているということであれば、おぬしの申すとおりだ、主計」
「た、鍛錬?」
永倉と斎藤と、叫んでしまう。
「いや、鍛錬って、きつすぎやしないか?」
「いえ、隊務に支障はきたしませぬゆえ、大丈夫です、斎藤先生」
斎藤のひきつった笑みに、さわやかな笑みを返す俊春。
「かような問題か?」
「そんな問題ですか?」
ふたたび、二人とシンクロする。
「わたしには、まだまだ足りぬことがおおございます。ああ、原田先生にも、まだご教授いただいていませんが・・・。それとは別に、心身ともに鍛えなおさねばなりませぬ」
原田のご教授ってのはどうでもいいが、これ以上、なにをどう強くりたいというのか・・・。
「いや、それにしたって、体躯、ぶっ壊しちまったら元も子もなかろう?」
「さよう。新八さんのおっしゃるとおり」
斎藤は、うんうんとうなづきつ永倉に同意する。
「そうですよ。原田先生も、とめてくださいよ。これだけの傷や痣・・・。きっと、肋骨も折れてるはず。胸、さりげなくおさえてるでしょう?」
たまたま、掌を胸にあてているのをみかけたのである。
「まぁ、いいじゃないか」
意外にも、原田が両掌をあげ、おれたちをなだめにかかる。
隊士たちは順番に食べおえ、それぞれの場所へと散ってゆく。
いまの隊士たちが、最後のグループ。
あとは、副長と島田だけである。
「いいじゃないかってな、これは度をこえてるぞ。俊春、おれが兄貴にいってやる」
「おいおい新八、当人がやりたいっていってるんだ。それに、俊冬にしても、やり方ってもんがあるんだろう。兄弟間のことだ。おれたちのでる幕じゃない」
「ああ?おまえ、これをみてもそういうかっ?」
原田に横槍を入れられ、永倉はムッとしたようである。俊春の盆を握る右掌をつかむなり、それを無理矢理あげさせ、シャツの袖をまくり上げる。
げえええっ。心中で、叫んでしまう。斎藤が、隣で息を呑んだのが感じられる。
赤色や黒色、青色の無数の痣にくわえ、斬られた傷や刺されたような傷まである。
俊春がマゾでないかぎり、鍛錬とはいえこれはたしかに度をこえている。
たとえマゾであったとしても、これは常軌を逸している。
俊春と原田のアイコンタクト。それを、見逃さない。
「新八、兄貴ぶるんじゃない」
原田は、俊春の頭をぽんぽんとやさしく叩いてから、永倉の掌から俊春の右掌を奪う。シャツの袖をおろしてやりながら、つづける。
「俊春、気にするな。新八は、すぐに兄貴ぶりたがるんでな」
「なんだと、左之っ」
永倉が、腰を浮かしかける。膳に膝頭があたり、椀がひっくり返って残っている汁物がとびだし、畳を濡らす。
「なんだ、なんの騒ぎだ?」
そのタイミングで、副長が、島田と俊冬を従え入ってきた。
室内を見渡し、不穏な空気を感じ取ったらしい。
「いや、なんでもねぇよ、土方さん。新八とおれが、飯をおかわりしすぎて、斎藤と主計に嫌味をいわれてただけだ。なっ?」
原田の視線に、斎藤と二人で頸をムダに上下にふる。
「・・・。ったく、おれたちの分、残ってんだろうな?」
それが嘘だということに、副長は気が付いている。
そして、永倉は鼻息荒く胡坐をかきなおす。
するどい視線は、副長ではなく、そのうしろにいる俊冬に向けられている。
「いま、おもちします」
そそくさと、部屋からでてゆく俊春。
それをみつめる俊冬は、追ってゆきたいのを我慢しているようである。