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マジな話からの・・・

「おっかねぇ」

「誠に、心底怖ろしい」

「そうか?みてみたいがな」


 永倉、斎藤、そして、原田・・・。


「餓鬼どもがいるまえで、なにいってやがるんだ、おめぇらっ!」


 そこでやっと、副長の雷が落ちた。


 そこ、もっとはやくでしょう、副長?


「俊冬、主計のモノ(・・)をこそぎ落したら、ちゃんと報告するんだぞ。一応、副長として、隊士の状態・・は把握しとかないとな」

「承知」


 いや、副長、そこ、ちがいますよね?、と突っ込む。それから、俊冬にも、承知すんな、と吠えてしまう。

 もちろん、どちらも心のなかで。


 伊庭が、またさわやかな笑声をあげはじめる。

 眼尻から涙を流してまで・・・。


「おいおい、八郎、大丈夫か?」

 

 そのあまりにものすごい笑声は、かえって明るくふるまっている感をあたえてくれる。


 副長が、それに気がついたようである。


 副長だけでなく、みな、伊庭の様子になにかを感じている。


「申し訳ありません」


 伊庭は、湯呑をもちあげるといっきにあおり、それを畳の上に置く。


 庭に視線をむける表情かおがまた、物憂げでぐっとくる。



「このさき、どうなるんでしょうね?」


 そして、ぽつりとつぶやく。


「餓鬼ども、庭にいって・・・」


 マジな話になりそうなのを察知し、副長が子どもらに命じかける。


「副長、わたしたちも新撰組の隊士です。なにがおこっているのか、これから、どうなるのか、わたしたちもしりたいのです」


 市村が、しっかりとした口調で副長の言葉にかぶせる。ほかの子どもたちも、頑なな視線を、副長にむけている。


「ああ、そうだったな。悪かった。なら、きいてろ」


 意外にも、それを了承する副長。


「八郎、なんでそんなこという?おめぇらしくねぇ」

遊撃隊うちは、歳さんのところとくらべて、生真面目すぎるのです。いまにも、切腹してはてそうです。上様が謹慎されるということをききつけてから、よりいっそう悲壮感が漂っています」


 永倉と原田が、相貌かおをみあわせている。


 見廻組ほどではないにしろ、遊撃隊も幕臣の集まり。あまりいいイメージがないのであろう。


「おめぇは?おめぇはどうなんだ、八郎?結局は、おめぇ自身、なにがやりたいか、どうしたいか、なにをみてぇか、どうあゆみたいかってこったろう?それを、おなじ隊の仲間のせいにすんじゃねぇよ」


 きつくきこえるかもしれないが、副長のいうとおりである。


 それぞれが、ぞれぞれの意志においてあゆむべきなのである。


「自身、わからないのですよ。みずから謹慎される上様のために、わたしができることとは、いったいなにか?戦うことですか?それは、上様の意に反しますよね?」


 伊庭のいうとおり。


 将軍は戦いを回避するため、京や大坂、江戸の大勢の民、幕臣などの関係者を護るため、将軍職を返上し、逃避行し、挙句に謹慎する。


 もしかすると、保身のためだけかもしれない。だが、将軍は、おおくのものを護るため、すべてをなげうった、と個人的には信じたい。


「いいんじゃねぇのか?豚一は、とっとと逃げちまった。悪いが、おれは、かっちゃんみてぇに豚一を好意的にみるつもりもねぇ。ましてや、『民や臣下を大切にする、立派な将軍様』ってな具合に、讃えるつもりもねぇ。いくさをしたくねぇ、避けてぇってんなら、自身が矢面に立ち、土下座するなり腹切るなりすべきだ。すくなくとも、戦場いくさばで死闘を繰りひろげてるおおくの臣下をみすて、とっととふねに乗って遠くへ逃げちまうなんてこと、できるわけねぇ」


 副長の考えは、おれの推測や信じたいことと正反対である。


「豚一は、みずから幕をひいた。大舞台からおりちまった。もはや、やつの立てる場所はどこにもねぇ。ゆえに、やつの意志や希望など、おめぇが苦慮する必要はどこにもねぇんだよ、八郎」

「まっ、将軍様って以前に、かの御仁は、人間ひと人間ひとと思ってないんだろうよ。土方さんの「おれさま(・・・・)」系の持論は兎も角、八郎、戦うだけが道じゃないであろう?おまえは、剣術だけでなく、頭もいい。もっとほかに、できることもあるはず。それをさがし、すすむのもありかもな」


 永倉の「おれさま」系に、思わず笑いそうになる。



「そうそう。おれは頭悪いから、槍振りまわすしかできんがな。八郎、おまえなら、ほかのことでも活躍できるはず」

「さよう。「練武館」を盛り立てるという、道もあるのではないか?」


 原田も斎藤も、かれららしいアドバイスをする。


「あっ、きれいな花嫁さんをもらったらいかがですか?」


 泰助が、声を張り上げる。


 うーん、なるほど。


 でっ、伊庭はどんな女性が好みなんだろう?

 ぜひとも、オフ会でもひらき、リサーチしたい。


 いや、いっそ合コンか?


 それは兎も角、たしかに、所帯をもち、家と家族を護るってのもありかも。


「そうですよ。それから、いいことするんです」


 田村?なにいって・・・。


「松吉のお母上みたいなきれいな女性ひとといいことしたら、赤ん坊ができるんですよね?」


 市村?なに?保健体育の授業か?


「そうですよね、副長?原田先生?」


 市村は立ち上がり、体ごと副長と原田に向き直る。

 全身をつかい、名指しして確認する。


「なにいいいいっ!」


 永倉とかぶってしまう。

 そして、名指しされた者たちを、睨みつけるのも永倉と同時。


 余裕をぶっこき、茶をすする副長。

 そのイケメンに、一筋の汗が流れ落ちていくのは、この部屋に一つだけある火鉢のささやかなぬくもりのせいではないはず。


「こんなことやったら、赤ん坊がやってきますか?」


 泰助は、身軽に立ち上がると、市村に駆けより抱きつく。そして、市村と二人で、純和風に表現するところの接吻、グローバル風に表現するところのキスの真似事をするではないか・・・。


 保健体育と思いきや、暴露、いや、「家政Oはみた」っぽくなってしまっている。


 子どもらは、口々にみたことを叫びだし、真似しだす。


「餓鬼どもっ!盗み見なんざ、男のすることじゃねぇっ・・・」

「土方さんっ、あんた、まがりなりにも副長だろう?部下の姉に手ぇだすって、いったい、どういう了見だ?」

「なんだと、左之?おれは、独り身だ。だれに手ぇだそうが、関係ねぇ。てめぇこそ、なんだ?おまささんって可愛らしい奥方がありながら、浮気じゃねぇか」


 副長と原田は、たがいの胸元をつかみあっている。


 ツッコミどころ満載すぎる。


「斎藤、おまえ、しってたのか?」


 永倉が、われに返って尋ねる。


 こんな修羅場でもさわやかな笑みを浮かべ、つかみあっている副長と原田をみつめている斎藤。


 斎藤は、隠れ家がつかえなくなってから、しばらく松吉の家で厄介になっていたのである。


「わたしは、大人です。みざるきかざるいわざる・・・。これが、新撰組ここでやっていくコツだと、心得ています」


 さすがは斎藤。戊辰戦争を生き残り、71歳まで生きただけある。


「ははは、どうやら、子どもたちの悪ふざけは、きいてはいけなかったことみたいですね」


 伊庭の青春漫画風のさわやかな笑みも、ひきつっている。


 いや、伊庭よ。悪ふざけじゃない。


 残念ながら、これはれっきとしたノンフィクションである。

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