でました!奇策っ・・・
「カツンッ」
弾き飛ばされてしまう。俊春のようである。
なにもみえなかったので、一瞬、二人のどちらが打ってきたのかすらわからなかった。
おれの木刀もまた、ゆっくり宙を舞い、道場の床上に音を立てて落下する。
ジンジンと、なんてレベルじゃない。手首が燃えるように痛む。なんなんだこりゃ?
さきほどの推測が、推測でなかったことを、身をもって実感する。
そのとき、鋭い気合と、木刀の打ち合う音が耳に飛び込んできた。
伊庭である。双子が、かれを前後から攻め立てている。
双子は、伊庭の左手首を狙い、交互に打ち込んでいる。
「ちょっと歳さん、助けてくださいよ」
伊庭が、こともあろうに副長に助けを求める。
ってか、もはや副長しかいない。猫の手ってか、鬼の手も借りたい、って心情なんだろう。
いや。やはりそれは、敵をってか、敵よりも厄介なのを増やすだけで・・・。
「喰らいやがれっ!」
副長は、ヒャッハーとばかりに懐からなにかをとりいだし、それを握る掌をひらめかせす。
道場内に射し込む冬の陽の光を吸収し、キラキラとした液体が宙を舞い、伊庭とその周囲の床を塗らす。
ん?このにおいは・・・。
もしや・・・。
俊冬は、繰りだされた伊庭の木刀を弾き、そのままうしろへ後方宙返りする。
伊庭は、木刀が弾き飛ばされた反動で体勢を崩し、そのまますってんころりんしてしまう。
俊春は、副長のまえに立つ。
竹筒のようなものを握ったまま、愛想笑いを浮かべる副長。
俊春は、木刀の柄頭でその胸元を軽く突く。
軽く、にしか感じられなかった。
が、副長は、いとも簡単に伊庭のほうへとぶっ飛んでしまう。
突いた俊春は、そのまま後方宙返りし、充分な距離を取る。
「なんですか、これ」
「くそったれっ!俊春っ、やりやがったなっ」
床の上で、もがく二人。
つるつる滑り、立ち上がろうにもできない。四つん這いになることすら。
たがいに組んずほぐれず、バラエティ番組のネタみたいである。
においは、菜種油である。
副長はそれを竹筒に入れ、まき散らしたのである。
つくづく、伊庭が気の毒である。
掌をかそうとちかづき、そのおれまですってんころりん。
結局、タンポ槍をつかい、底なし沼からひきあげてもらうように助けだしてもらう。
みな、腹を抱えて笑っている。
伊庭は、「もう二度と、歳さんとは剣術をしない」と苦笑する。
そのあとは、おきまりの副長の奇策の尻ぬぐい。
双子を中心に、道場の床をきれいに磨く。
そして、幕末の策士土方歳三は、エラソーに「ここ、もっとよく磨け」だの、「まだ油が拭えてないぞ」だの、采配する。
すべてがおわった後、風呂をつかわせてもらうことになった。
副長と伊庭同様、おれも油ギッシュになってしまったからである。
油ギッシュの道着と袴は、着ることができない。伊庭から、父上のものであろうか、ご本人のものであろうか、着物をいただく。
「もう返さなくてもいい」、と。
「もう着ないから」、と。
複雑な気分になってしまう。
それはそうと、本来なら、風呂は一人で入りたい。しかしながら、風呂はひろく、副長と伊庭と三人で、というおいしい、もとい、修学旅行っぽくてじつに懐かしい気がするので、ともに入らせてもらうことにする。
双子も誘ったが、「汗をかいていない。ましてや、油ギッシュになっていないから遠慮する」、という。
「自身らは、湯を沸かしましょう」
双子はそういうと、さっさと薪を準備しにいってしまった。
俊春の体にある銃創を思いだす。
俊冬にも、それがあるのだろうか・・・。
湯の準備ができたという。
子どもらや永倉らは、茶をいれ、菓子に夢中である。
「凬月堂」の菓子は、最中であった。
賞味期限がいつかは不明。
うん、冬だからいいよね?みため、なんともないし。餡は、すっぱいにおいもしてないし・・・。
相棒は、庭で寒椿を眺めてる。
わざと、タイミングをずらした。
厳密にいうと、二人が脱衣所から浴室に入ったタイミングで、脱衣所にいった。
さすがに、野郎三人、この真昼間に真っ裸で向かい合う、というのも気がひける。
油ギッシュの道着と袴は、おもちかえりできるよう、たたむ。
借りた、っていうか、いただいた手拭いでまえを隠し、浴室の引き戸をあける。
たしかにひろい。
ちょっとした温泉の、内風呂みたいである。
門弟たちが、稽古がおわってからつかうのであろう。
浴槽も洗い場も、大人が五、六人ずつつかえそうなほどのおおきさがある。
「げえええっ!なんで、なんで、俊冬殿と俊春殿が?」
胡坐をかいた副長と伊庭の背を、双子が流している。
二人も着物を借りたのか、尻端折り、たすき掛け、商標の鉢巻き姿である。
「兄上、主計があんなことを・・・」
俊春が、泣きそうな声で兄に訴える。
俊春、おれをいじめ野郎にしたてあげる気か?
「われらがいたら、なにか不都合でも?われらは、三助もやっておった・・・」
「ええ、わかってます。でも、湯を沸かして・・・」
「みよ、湯は沸いておる。これ以上、沸かす必要はあるまい?」
五本ある方の掌を湯船に向け、勝ち誇る俊冬。
「主計、おそかったじゃねぇか・・・。ふーん、男らしくねぇな」
副長が、こちらを上から下までガン見しながらつぶやく。
「男らしくないって、どういうことなんですか、副長?」
胡坐をかいている副長に、上から目線で尋ねる。
なにゆえか、湯けむりが晴れてゆく。
「ああ?まえ、隠してっだろうが?」
「当然でしょう?男らしいとか男らしくないとかではなく、最低限のマナー。いえ、作法です。副長だって、まえを隠してるでしょう?」
副長は、胡坐をかき、手拭いをひろげて大切なところをおおっている。
「ああ?すでにすんでんだよ」
「はい?すんでるって?くしゅん」
ううっ、寒い。
窓は、ガラスがはまっているわけではなく、格子である。まだ湯船につかっていないので、外から吹き込んでくる寒風に、ガチにさらされている。
「まぁまぁ、いいではないですか?主計君、はやく湯船に。風邪をひいてしまう」
「では、お言葉に甘えて」
四人のまえを通りすぎ、そそくさと桶をもって湯船に。
「介添えをしてやろう」
「体躯を丹念に磨いてやろう」
刹那、両脇から双子に肩を組まれてしまう。
「いりませんよ。ちょっ、やめてください。セクハラだし、パワハラです。介添えなんて必要ありません。全部、ぜーんぶ、自分でできます」
いったい、真っ裸でなにやってんだろう、おれ。