人斬りVS犬
「きえーっ!」
示現流の猿叫もかくのごとし、ともいえる絶叫が、静寂と死臭の満ちる一帯に響き渡る。
はっとしてそちらをみると、笠をぬぎ捨てた河上が、得物を上段に振りかざしたまま駕籠に向かって駆けてゆく。
河上は、我流が強いときいていたが、示現流も遣うのかとあらためて驚く。
様々な流派をかじっては、自分流の技を編みだしているのかもしれない。
敵とはいえ、凄いと素直に感じる。
いや、賞讃している場合ではない。
大石をみると、さらなる一人に斬りかかっている。そして、副長もまた、ほかの男の脛を斬り裂いたところである。
血刀を片掌にしたまま、両頬をパンパンと叩く。気合を、入れ直す。
それから、駕籠に向かって駆ける。
ほかの男たちも向かっているのが、視界の隅に映る。
相棒は低い姿勢でドスを銜え、向かってくる河上の動きをじっと追っている。
いまはもう、唸り声をあげていない。
戦闘モード・・・。
それは、相棒が本気で目標に飛びかかる直前の構えである。
まずい・・・。河上は、ただの目標などではない。
「相棒っ!退けっ!」
駆けながら指示をだす。
が、すでに河上は、自身の近間に相棒を捉えている。
致命的な指示を、だしてしまった。
もうなにも考えず、がむしゃらに突っこむ。
「きんっ!」
金物同士の触れ合う、身の毛もよだつ音が響く。駕籠に取り付けた淡い灯火のなか、火花が盛大に散る。
河上の最上段からの示現流の初太刀。
相棒は、それを低い姿勢のままドスで受け止めた。黒い肢体が、さらに地に沈む。
一瞬、力負けしたかと思った、だが、相棒は、ドスを地面すれすれまで下げることによって、相手の斬激の威力を殺いだ。
河上は、そのせいで失速した。
河上の得物の剣先が、地に突き刺さる。
「相棒っ、退けっ!」
指示を英語に切りかえる。
相棒は、その抑揚の変化に気がつき、即座に従う。
うしろへと、河上から遠ざかる。
入れかわりに、河上の間合いにおおきく踏み込む。
体勢を崩したままの河上を、最上段から「之定」が狙う。
「あはははっ!」
河上は、甲高い笑い声とともに、地に突き刺さったままの自分の得物をあっさり放棄する。同時に、うしろへ飛びすさる。
だが、それは想定ずみ。左の小指と薬指に力をこめ、剣先が目線まできたところで、伸びきった腕を丹田まで引く。
脚は、摺り足で追う。そのまま正眼から、英信流の迅雷の型の要領で左から右へ横なぐりし、うしろへ振り上げてから左肩の上でちいさく構える。
うしろへさがる河上との間合いを、どんどん詰める。
そして、左肩上から最後の一撃を放つ。
河上の顔を、追いながら睨みつける。
河上は、女形のような女性的な顔立ちである。
一瞬、女だったのか?と思ってしまう。
脳裏を、「るろうO剣心」がよぎる。主人公のモデルが、この河上である。
いまやその河上の表情に、笑みはない。それにかわって、殺人鬼特有の他人をみくだすような、自分は神の啓示によって人間を殺めているのだといわんばかりの表情が、浮かんでいる。
おれの最後の一撃は、背を向けた河上の着物の袂を斬り裂いたにすぎない。
「四大人斬り」の一人は、退き際もじつにあっぱれである。
尻をまくり、とっとと逃げてしまう。
それを、血まみれの「之定」とともに呆然と見送る。