表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

449/1255

八郎 対 主計

 かれの右掌のあたりへ、さりげなく視線をはしらせる。同時に、剣先をわずかに上へあげ、そのまま踏み込む。


 さすがである。同時に反応してきた。かまわず、腕を思いっきり振り上げる。


 伊庭は、おれの視線から、右手首を狙ってくると判断したはず。


 ところがどっこい、狙いは剣道でいうところの小手ではなく、面。ぶっちゃけ、すこし上げた剣先は、かれへの誘い。


 上段からの真っ向斬り。これが狙い。



「うわっ」


 が、腕が上がりきるまでに、伊庭が突いてきた。この間、それこそゼロコンマ、の世界。かれの剣先の動きがかろうじてみえ、突いてくると判断し、たいを右へわずかにひらいて脚をつかって距離をとる。



「見事な足さばきですね。足さばきがなかったら、突けたところです」



 伊庭がほめてくれた。ビミョーである。これは、剣道であって剣術ではない。



 自慢ではないが、剣道の足さばきだけはイケてると思ってる。親父から、「素振りと同様、足さばきはないがしろにするな」、と教えられたからである。ゆえに、素振りと同様練習をやった。



「主計、よまれている。それに、小細工は通じぬ。格上の相手とやるのに、思考は邪魔であるし、小細工は無駄だ」


 俊冬のアドバイスが、背にあたる。


 ならいったい、どうすりゃいい?

 どうせなら、こうすりゃいい、って具体的な指示がほしい・・・。


 ああっくそっ!副長のいうとおり、他人ひとを頼ってばかりではだめだ。


 斬りあいになったときは、自分ひとり。永倉や斎藤や双子が、いつもそばにいるわけじゃない。自分の力で戦い、生き残るしかない。


「主計、視野をひろげろ」


 俊春のアドバイスである。


 に頼らず、第六感シックス・センス的に戦う俊春が、意図していってくる・・・。


 軽く深呼吸し、あらためて正眼に構え、アドバイス通り伊庭の全身だけでなく、そのバックもみてみる。


 不思議と、気持ちが落ち着いてくる。


 なるほど、視野をひろげろという意味は、全体をみることで心身ともに落ち着けということか。


 伊庭に、かすかに動きが。わかるかわからないかくらいで、右足先が内を向く。


 なにも考えず、全身を動かす。


 激しい打ち合い。ってか、全体をみ、伊庭を感じ、かろうじて防いでるのが現実。


 やはり、左手首を狙うなんて無理。


 それでも、思っていた以上についていけてる。


 それともこれは、気のせい?


 木刀の打ち合う音だけが、ひろい道場内に響く。歓声があがっていたとしても、耳にはいってこない。


 感じる。広い意味で感じる・・・。



「よしよし、もういい。二人ともそれまで。これ以上やれば、どちらかが潰れる」


 時間にすれば、10分か15分か?永倉が、宣言した。


 肩を激しく上下させ、伊庭と向かい合う。


 息も絶え絶えとはこのこと。が、伊庭は、息一つ乱してはいない。


 一応、引き分けにおわったが、終始おされまくり、ぼろぼろの状態のおれ。


 どちらが優勢であったかは、一目瞭然。


 やさしい伊庭のこと。きっと、合わせてくれていたのだ。


 でも、愉しかった。

 もちろん、伊庭とだから、ではない。剣術そのものが、である。


「ほれみろ、勝負事はわからねぇっていったろう?」


 副長が、みなにどや顔でいっている。


「わかってるって、土方さん。もともと、主計が簡単に負けるって思ってなかったし」


 原田が両肩をすくめ、負け惜しみをいっている。


「ちっ、おめぇら、まったくかわいくないな。素直に、「がんばれ、応援しているぞ」、といえんのか?」


 え?副長の言葉に、思わずみなをみまわしてしまう。


「ははは、みなさん、誠に主計君のことが好きなのですよ。それに、よく理解している。ああいうふうにもってゆけば、きみが奮起するってね。それに、俊冬殿と俊春殿の助言。あれは、わたしにとっては誠に迷惑なものでした」


 伊庭がおれの隣に並び、肩を一つたたいてくる。


「いい勝負でした。またいつか、そのときには引き分けではなく、はっきりと勝負をつけましょう」

「ええ、ぜひ」


 それは蝦夷で、なのか。隻腕のかれと?


 ふと、考えてしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ