剣術賭博
木刀を振っている大人も子どももそれをやめ、伊庭とおれとの勝負を見学するためにはしによる。
「どっちに賭ける?」
伊庭と向き合い、心臓バックバクのおれ。
そんなおれの緊張をよそに、原田がこれみよがしに剣術賭博をはじめだす。
「八郎だな」
「はい?永倉先生、審判のあなたが、賭けるなんてとんでもない」
真ん中で腰に掌をあて、仁王立ちしている永倉に突っ込んでしまう。
「左之、八郎に一両だ」
が、きいちゃいない。
「あは、ずいぶんと気前がいいな。斎藤は?」
「わたしも、八郎に同額」
「餓鬼どもは?」
「伊庭先生」
子どもらが、いっせいに答える。
「よし、餓鬼どもは、金子ではなく按摩にしとけ」
「はーい!」
胴元の原田は、慣れたものである。
ってか、みんな、伊庭に?
「兼定は?」
なんと、道場の入り口でお座りしている相棒にまで、賭けさそうというのか?
「八郎君に、夕餉の沢庵を、と申しております」
相棒の代弁者俊春が、代弁する。
「はああああ?夕餉の沢庵って、もともともってないじゃないか、相棒?」
もってもないものを、賭けようと?いや、それ以前に、相棒のおれでなく伊庭に賭けるって、どうよ?って問いたい。
「無論、主計が購入する、と申しておる」
またもや、代弁する俊春。
「なんで、おれが?裏切られて八郎さんに賭けられた上に、おれが購入する?」
どさくさにまぎれ、「八郎さん」、と呼んでみる。
「ひどいや、主計さん。兼定のこと、いじめるな」
「飼い犬を虐待するなんて、男のすることじゃないよ」
「人間として、どうなの?」
子どもたちのブーイング。
そもそも、相棒は飼い犬じゃない。しかも、男として、人間としてまでも、全否定されてる・・・。
なんだろう・・・。
だんだん、炎上に慣れてきてるおれがいる・・・。
「副長は?やっぱ八郎に賭けるのか?」
原田に尋ねられ、なにゆか答えがない。
「おおっと、博打はしねぇか。なら俊冬、俊春、おまえらは?」
「いや、おもしれぇ。主計に賭けるぜ」
「面白そうです。われらは、主計に賭けます」
副長と、俊冬の答えがかぶる。
な、な、なんと、おれ?間違いなく、主計っていったよな?
サプラーイズ!やっぱ、わかってくれてる人がいる。日々の努力を、みていてくれてる人がいる。
こうなったら、意地でも勝たねば・・・。
決意をあらたに・・・。
「なにを賭ける、土方さん、俊冬?」
「そうだな。一人につき、寿司一貫ってのはどうだ?」
「われらは、賄い人兼小者ゆえ、所持金がなく・・・。蕎麦を、つくりましょう」
なんか、ビミョーにせこくないか?
「へー、めずらしい。いいのか、土方さん?負けず嫌いのあんたが、主計に賭けるって?」
「馬鹿いえ、新八。賭けってのはな、どうなるかわからんから面白れぇんだ。みながみな、八郎に賭けちまったら、面白くもなんともねぇ。此度は、おれと俊冬、俊春が犠牲になり、負けてやろうってんだ。そのほうが、盛り上がるだろうがよ、ええ?」
え?それって、矛盾してませんか、副長?
「副長のおっしゃるとおりでございます。なあに、みなさまも、寿司と蕎麦が喰えるのです。みなさまの幸せな相貌をみることができるのでしたら、われら兄弟、いくらでも犠牲になりましょうぞ」
・・・。
おれは、崇高な犠牲の対象になっているのか?
「主計君は、誠に好かれてるのですね」
笑顔の伊庭が、しみじみといった感じでいってくる。
もしもマジでいってくれてるのだとしたら、遊撃隊の職場環境は、地獄レベルでひどいのかもしれない。
「そうなんだよな。好かれまくってて、誠にうらやましいかぎり。みな、ほっとけないんだ」
「新八さんも、でしょう?」
「おうともよ。さぁ、おれも、だれかとやりたいからな。さっさとはじめようぜ」
永倉の言葉が、うれしいのかどうかはビミョーだが、おれの稽古だけで時間をとるのも心苦しい。
それに、双子に託していることもある。
「はじめっ」
永倉の号令以下、正眼に構える。もちろん、伊庭も正眼。
さすがに、癖のないきれいな構え。
さわやかなイケメンのわりには、まったくスキのない威圧的な構え。
表情も、これまでとはうってかわっている。
素敵だが、小動物を狩る野生の獣っぽく豹変している。
伊庭は、後の先が得意であったと、永倉と斎藤が教えてくれた。
が、それは、七、八年ほどまえの話である。
いまもまだ、そうなのか?
どうする?仕掛けて様子をみるか・・・。
とはいえ、これだけスキがなければ、どこをどう、どのように仕掛ければいいのかすらわからない。
下手に動けば、逆にスキをつかれそうだ。
なにせ、腕がちがいすぎる。
瞳が、おれのそれに合ったまままったく動かない。本来ならうれしい、いやいや、はずかしいかぎりだが、伊庭くらいになると、眼球の動きはもちろん、こちらの全身を観察できるだろう。
つまり、こちらがかれのどこを狙うか、瞳の動きによって察知するだろう。それから、それをどういう技でいくのか、腕や脚のかすかな動きでよむであろう。
やはり、下手に動けない。
くそっ、時間がかかれば、より一層不利になる。
焦燥が、瞳や手足の動きを、より顕著にしてしまう。
だーっもうっ!どうせ、こてんぱんにやられるんだ。受け身でこてんぱんにやられるよりかは、攻めた上でってほうが、まだマシであろう。
いよいよもって、覚悟を決める。