仲のいい三人(トリオ)
途中、菓子屋があった。
伊庭だけでなく、副長や永倉も訪れたことのある菓子屋らしい。
饅頭、大福、羊羹、団子、塩せんべい、おこし、金つば、桜もち、団子、干菓子、甘納豆等々、商品のラインナップは現代とあまりかわらない。
なにせ、副長の懐からでるのである。
子どもらだけでなく、大人まで好きなものを包んでもらう。
野郎ばかりでスイーツ買い占め、というのもシュールな図であるが、これはこれで、わくわくするものがある。
子どもも大人も、プチ幸福感を味わい、店をあとにする。
「そうだ、思いだしました。屋敷に、「凮月堂」の菓子があります。おそらく、まだ大丈夫かと」
菓子屋からでてあるきはじめたとき、伊庭が、思いだしたようである。
なにぃ、「ゴーOル」か?
「凮月堂」の歴史は、古いことはしっていたが・・・。
さすがに「ゴーOル」は、昭和に入ってからだったか?
途中、並びあるく双子に合図し、歩調をゆるめてみなより距離を置く。
「お二方に、ご相談が」
「まさか、八郎君とよろしくする相談ではあるまいな?」
俊冬は、ジョークをいいつつ、こちらの心中をよんだようである。
「またもや、死の宣告ではあるまいな?」
表情をあらため、きいてくる。
「八郎君か?」
俊冬が、すぐ右横に体を寄せてき、相貌をのぞきこんでくる。その反対の左側では、俊春が体を密着させ、相貌をのぞきこんでくる。
「ちょっ、お二方、ちかすぎます。パーソナルスペースを、おかしまくりです。だいたい、懐を脅かすのって、マナー違反ですよ」
「申していることはよくわからぬが、主計、最近、弟にきつくあたりすぎやせぬか?みよ、弟は、またもや心を傷つけられ、泣きそうになっておる」
俊春の相貌・・・。たしかに、涙ウルウルで・・・。
「いや、あなたにもいってるんですよ、俊冬殿。ってか、あなたたちが、おれをいびりたおしているんじゃないですか?どんどんエスカレートしてますよ?ってか、俊春殿、また傷が増えてませんか?なんか、相貌だけでなく、頸にも・・・」
生傷が増えているばかりか、その範囲がひろがっていっている。
もしかして、乾燥肌で乾癬になり、無意識のうちにかきまくっているのであろうか。
「向こう傷だ。なんら問題なし」
「いや、俊春殿。そういう問題じゃないでしょう?あっ、もしかして、俊冬殿に虐待でもされてるんじゃ・・・。だったら、相談にのりますよ。みすごせませんからね。虐待、パワハラ、イジメ、撲滅!」
「それで?八郎君は、いつ死ぬ?」
「ちょっ、俊冬殿、おれの話、きいてます?」
さすがは、「ゴーイング・マイウエイ」俊冬。
「主計君は、俊冬殿と俊春殿と仲がいいんですね」
まえをあゆんでいる伊庭の声が、さわやかな冬の陽射しのなか、どっかの店のだし汁のにおいとともに流れてきた。
「ああ、そうだろう?もともと、二人としりあったのは、主計がきっかけだった。主計は二人が大好きだし、二人は主計を気に入ってる。二人にとっちゃぁ、主計は、ちょうどいい玩具なんだろうよ」
副長ーーーーーっ!なんてことを・・・。
「ああ、土方さんのいうとおり。主計は、気がおおくてな。土方さんのことも、大好きなんだぜ。あとそれから、おねぇ、おっと、伊東さんだろ、坂本だろ、榎本さんだろ・・・」
原田ーーーーーーっ!なにいってんだ?
「だが、いまのところは八郎、おまえが一番らしい。ゆえに、よろしく頼むな」
永倉ーーーーーーーっ!ばらすな、いや、馬鹿いうなっ!
「ねぇ、伊庭先生はかっこいいから、女子にもてますよね?主計さん、もてないんですよ。そういえば、主計さんから女子の話をきいたことないけど・・・。興味、ないのかな?」
市村ーーーーーーーーっ!謎推測するな。それと、衆道疑惑を植えつけるな!
心のなかで叫びまくりすぎて、くらくらする。
その瞬間、左右から腕がまわされ、がっちりと肩を組まれてしまった。
その膂力はすさまじく、鎖骨や肩甲骨だけでなく、あばらや頸椎までいってしまいそうである。しかも、左右からぐいぐいとおしてくる。
「ちょちょちょっ、痛い、痛すぎます。なんの苦行ですか、これ?お願いですから、離れてください」
「よいではないか。このほうがあたたかい」
「兄上の申す通り。触れ合い・・・。人間には、大切なことであろう?」
「なにいってんです?これはスキンシップではなく、柔術の絞め技かなにかです。もしくは、拷問です。く、苦しすぎます」
「はやく申せ」
急かす俊冬。
前方からやってくる人々は、副長や伊庭にみとれた後に、おれたちをみてギョッとするし、うしろから追い抜いてゆく人々は、胡散臭そうに一瞥し、あゆむ速度をあげてしまう。
「いま一度問う。これが、最後と思え。八郎君は、いつ死ぬ?」
「これが最後って・・・。ちゃんと答えますよ。いたたたた。死ぬわけではありません。いえ、まだちかいうちには、ってことですが。この後、かれは転戦し、小田原で脚を被弾した上、小田藩の藩士で鏡心一刀流の遣い手高橋藤五郎に、うしろから斬りつけられます。結局は、高橋を突き殺すのですが、左手首の皮一枚を残して斬られたので、自分で切断してしまうのです。かれは、「隻腕の剣士」として、後世にまで語り継がれます」
邪魔をされぬうちに、いっきに語りきってしまう。
「なるほど・・・。それで、左手首を斬られぬよう、その練習をさせようと?」
「そのとおりです、俊冬殿。おれは、心形刀流がわかりませんし、それ以前に腕が違いすぎます。がんばってみますけど、おそらく、防ぐので精一杯かと。俊冬殿か俊春殿なら、かれの左手首のあたりを狙えるでしょう?ちょっと、俊春殿、そんなにおれの相貌をガン見しないでください」
あまりにもガン見してくるので、掌でおしのけようとするが、腕どころか指一本動かせぬほど、両脇から絞めあげられている。
「承知した。よしっ、弟よ。おいたの時間はしまいだ。どうやら、八郎君と愉しめるようだぞ」
「あー、面白かった。なれば、兄上、わたしにも・・・」
「いや、だめだな、やはり。ゆずれぬ・・・」
とっととはなれ、さっさとあるいていってしまう双子。
いたたたた・・・。
上半身のあらゆる骨が、わらってる。