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涙のわかれ

「ははっ」


 ふたたび叩頭し、そのかのじょの願いを了承する局長と副長。


「あら、かわいらしい。あなたのことも、噂になっていますよ」


 かわいらしい?


 相棒に笑みをみせるかのじょをみつつ、その感性って、と苦笑する。


 それにしても、どんだけ有名なんだ、相棒? 


「名は、兼定号。土方殿の愛刀「和泉守兼定」と、おなじ名でございます。そして、兼定号の相棒が、近藤殿と土方殿のうしろに控えし新撰組の隊士相馬主計君でございます」


 俊冬のガチマジな紹介は、これが最初で最後かもしれない。


 思わず感動しつつ、また深く上半身を折って叩頭する。


「異国の犬とか。京におりました時分ころより、異国の犬は、毛玉のような犬しかみたことがありませぬ」


 またまたでました、毛玉。


 もちろん、かのじょに突っ込むような、禁忌は破らない。


「ドイツの犬でございます。兼定は、使役犬として人間ひとの手助けをしております」


「たとえばどんな」、と問われたので、警察犬としての役割を伝える。


 かのじょは、きき上手である。くわえて、問い方もうまい。


 さすがは元皇族、といったところか。


 説明中、相棒はかのじょをみあげ、全力笑顔である。

 尻尾は、スッパーンと抜けて飛んでいってしまいそうなほど、砂利を掃いている。


 かのじょは、おそるおそるきれいな掌を伸ばし、相棒の頭をやさしく撫でる。


 大型犬に触れるのは、これがはじめてだという。


 相棒は、にこにこ顔のまま撫でられている。



「もっと話をしていたいのだけれど・・・」


 大奥を、抜けてきているのであろう。


「静寛院様、われらは、朝廷に弓をひきし朝敵でございます。上様が恭順を誓われようとも、幕臣の一部は最後まで戦う所存。中将様や少将様もご同様・・・。これにて、暇をいただきまする」


 静かに告げる俊冬。その横で、俊春はじつに悲しそうな表情かおでうつむいている。


「お預かりしていたものを、お返ししたく・・・」


 そろって懐から取りいだしたるは、京の「ホーンテッドハウス」でみせてくれた懐刀である。


「孫六兼元」、「関の孫六」とも呼ばれる懐刀。


 俊冬の捧げもつ懐剣の袋には、天皇家を象徴する菊が、俊春のそれには将軍家を象徴する葵の紋が、それぞれ刺繍されている。


「われら、どこにおりましょうとも、静寛院様のご多幸とご健康を、心よりお祈り申し上げております」


 静寛院は、差しだされた二刀に指が触れそうになったところで、それを止めてしまう。


 指先が、かすかに震えている。

 冬のささやかな陽光のなか、はっきりとみてとれる。


 これを受け取ったら、双子との関係は永遠にうしなわれる。そう思い、躊躇しているのであろうか。


「静寛院様、あなたは強きお方。なれど、われらはあなた様の心細さ、不安も重々承知しております。この二振りは、先帝、さきの将軍、われら二人の想いがこもっております」


 うながされ、かのじょもようやく決心したようである。


 ある意味、過去を振り払い、将来さきをみつめる。そういう決心を、かのじょはしたのであろう。


 震えてはいるが、美しい掌でしっかりと握る。それらを、胸に押しいただく。

 桃の井がさりげなくちかづき、それらを受け取る。



「これまでこうむりましたご恩、あらためてお礼申し上げます。こちらは、われらが鍛えし一振りでございます。人間ひとを傷つけるものにはあらず。あらゆる災厄より、静寛院様を守護するものでございます」


 俊冬が告げるタイミングで、俊春が懐より短刀を取りだし、それを差しだす。


 布袋に入っているそれは、さきほどの「関の孫六」よりかは小振りの護り刀である。


 双子は、鍛冶のスキルもあるということか。


 驚くよりも、納得してしまう。


 静寛院は、今度は躊躇しない。

 俊春の掌からそれを受け取ると、それを頬におしあてる。


「わたくしのほうが、あなた方にお礼を申さねばなりませぬ。これまで、誠にありがとう。どうか、生命いのちを粗末にせず、信じる道をあゆんでください。そして、菊千代様やわたくしにかわり、幕府の人々をお頼み申します」


 かのじょは、着物が汚れるのも厭わず、両膝を折ると双子の頭を抱き寄せる。


 みているこっちまで、うるうるきてしまう。


 局長や桃の井も、声を殺して泣いている。


 静かに去る静寛院。


 その姿がみえなくなってもまだ、叩頭しつづけている双子。


 声を殺し、泣いている。二人のちいさな背が、震えている。


 局長が俊冬に、副長が俊春によりそい、いついつまでもその背をやさしく撫でつづけていた。



 その翌日、桃の井に付き添い、久吉と沢が出立した。それと、市村辰之助も。


 これ幸い。辰之助には、無期限の護衛役というめいがくだされたのである。


 これで、新撰組ここからいなくなっても不自然ではない。そのうち、みな、忘れてしまうだろう。


 実際のところは、東海道を大津まで同道し、そこで別れる予定である。


 辰之助と鉄兄弟を呼び、局長が告げた。


 副長から、他言は無用ということと、今後の身の振り方には十分注意するようにとの言葉とともに、しばらくは生活に困らないだけの金子が渡された。


 これは、局長と副長のポケットマネー、三人の組長、双子、おれからの選別である。


 辰之助兄弟は、さして涙の別れを演じることもなく、「じゃっ!」って感じで別れた。


 じつは、仲があまりよくなかったとのこと。


 まぁ世の中、いろんな親子兄弟があり、いろんな接し方がある。まさしく、それぞれ、というわけであろう。

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