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大奥認定される件

「静寛院様、尊き御心。なれば、わたしが・・・。いまならば、東海道を駆け抜けられます。さほど、ときはかからぬかと。世は、静寛院様がご想像されている以上に荒れております。桃の井様になにかあれば、それこそ一大事」

「俊冬、あなたのお気持ちだけ、いただいておきましょう。あなたには、あなたのやらねばならぬことがあるはず」


「おそれながら・・・」


 局長が、叩頭したままきりだす。それこそ、額を砂利にこする勢いで。


「まぁ・・・」


 そこではじめて、静寛院はおれたちの存在に気がついたようである。両掌をこぶりの口にあて、ちいさく叫ぶ。


「わたくしとしましたことが・・・。俊冬と俊春に会えたうれしさのあまり、まわりがみえておりませんでした。失礼いたしました。さぁ、冷たかったでしょう。お立ちください」

「いいえ、おそれおおいことでございます」


 局長は、ますます委縮する。


 正直、砂利の痛みとしんしんと冷える痛みとで、脚の感覚がなくなってしまってる。


「静寛院様、新撰組の局長近藤勇殿、その隣が、副長の土方歳三殿でございます」

「あらまぁ、どうしましょう」


 俊冬の紹介に反応したのは、静寛院ではなく、ひっそりと立っている桃の井である。


 一歩まえにで、興奮気味に女主人に告げる。


「静寛院様、このお方ですわよ。大奥おくの女中衆の噂になっているのは」


 ちょっ、マジで?大奥で噂?


「なんと・・・。もったいなき・・・」

「あんたじゃねぇよ、かっちゃん。おれに、きまってんだろうが」


 そのとき、緊張のあまりか、それとも、場をなごませようという捨て身ネタか、局長が見事なまでにボケてきた。

 それを、超絶ナルシストの副長が、超絶自信満々に断言系ツッコミを入れた。


 手綱をはなされていても逃げださず、律義に寄り添い佇んでいる二頭の馬。ぶるるる、と同時に笑いだした。たぶん、いまの「ぶるるる」は笑っているんだろう。


 横の白鳥濠でなにかが跳ねたのか、ぽちゃんときこえてきた。


 静寛院が、笑いだした。

 

 さすがに元皇族。

 馬鹿笑いなどとはほど遠く、掌を口許にあておしとやかに笑いつづけている。

 桃の井も、同様に笑っている。


 局長は砂利をみつめたまま肩を震わせているし、久吉と沢も、身をちっちゃくし、這いつくばるような姿勢で体を震わせている。


 そして、双子は幸せそうな笑みを浮かべ、静寛院をみつめている。


「失礼いたしました。近藤殿、土方殿、きゅうに可笑しくなってしまいました。かように笑ったのは、いったいいつぶりでしょうか・・・。お二方もほかのお連れの方も、相貌かおをおみせください」


 なんて気品あふれる、いい女性ひとなんだろう。


 この後、かのじょは再婚せず、若くして死ぬ。


 皮肉にも、夫の表向きの死因同様脚気によって・・・。


 相貌かおをおみせください、といわれたとはいえ、背筋をわずかにのばし、伏し目がちにとどめる。


 が、やはり、この男土方歳三だけはちがう。


 雲間から、冬のささやかな陽射しがさしこんできた。


 堂々と相貌かおをあげ、にっこり笑う。

 ガチ少女漫画のごとく、口許が「キラリンッ」と光る。


「静寛院様。噂というものは、たいてい尾ひれがつくものでございますが、土方様は尾ひれどころか噂以上のお方でございますわね」


 桃の井の黄色い叫び。


 やさしい静寛院は、「さようですね」と同意した。


 新撰組うちサイドの者は、心中でいっせいにツッコんだはず。


「おいおい、これ以上、調子にのらせないでくれ」、と。


 イケメンが、大奥認定された一瞬・・・。

 ひとしきり笑ったのち、局長があらためて進言した。


「やはり、道中はあぶのうございます。俊冬か俊春、もしくは新撰組うちの腕利きを同道させていただけないでしょうか。さきの将軍には面識はなかったものの、そもそも自身らはさきの将軍を警固するために集められ、京へ上りました。結局、なんのお役にも立つことかなわず・・・。此度は、せめてなにかさせてほしいのです」


 局長は、せつせつと訴えた。


 ここまでいわれたら、静寛院も心を動かさるを得ない。


「そこのお二方は?隊士の方でしょうか?」


 静寛院がおずおずと掌で示すのは、久吉と沢である。


 二人ともいまだ叩頭したままなので、それに気がついていない。


「はい。久吉は馬の口取りを、沢はわたしの身の回りの世話を・・・」

「このことは、あまりしられたくありません。将軍家のためにも。同道していただけるのでしたら、久吉殿と沢殿にお願いできないでしょうか。桃の井も、いいですね?」


 自分たちの名がでたもので、二人はそこでようやく重大な任務をおおせつかったことに気がついたようである。

 同時に相貌かおをあげ、驚愕の叫びをあげた。


「いえいえ、無理でございます」

「わたしたちは、ただの雑用係でございます。とてもとても」


 久吉も沢も、言葉に詰まりつつ固辞する。


「静寛院様。二人は日々、剣術の鍛錬に余念がなく、頭がよくて機転がききます。かならずや、桃の井様をお護りいたします」


 副長がその二人の言葉を制し、静かに推した。


「静寛院様、土方殿の申される通りでございます。この二人ならば、信におけます。桃の井様。道中のことは、どうかご安心召されよ」


 そして、俊冬もまた・・・。


 真っ赤になって俯く久吉と沢。

 

 副長の機転である。


 局長の善意ではあるが、新撰組に属しているというだけで、面倒が起こることは必定。

 なにせ、京に戻るのである。

 だが、隊士として活動しているわけでない二人なら、桃の井の威光に隠れてやりすごせるはず。


 そして、毎日の鍛錬。二人は、隊士以上の量や内容をこなしている。


 かなりの腕前であろう。なにかあれば、その腕と機転とで、かならずや桃の井を護りきるはず。


 桃の井も承知してくれ、二人が同道することにきまった。



「生涯主はもたぬと申していた二人が、みずから主を得たという気持ちが、よくわかります」


 静寛院は、局長と副長に告げた。


 二人というのは、双子のことだろう。


「おそれながら、二人は勘違いしております。俊冬も俊春も、われわれの仲間。否、大切な親友ともでございます」


 副長が双子に視線を向けながら告げると、その横で局長もおおきく頷いた。


 気恥ずかしそうにうつむく双子が、ちょっとかわいい。


「近藤殿、土方殿。かれらをどうか頼みます」


 しみじみとした、静寛院の言葉。


 かのじょにとって、双子はどういう存在なんだろう。


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