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和宮親子内親王

「えっだれだ、そりゃぁ?」


 そして、副長。


 お付きの女性が、思いっきり睨みつけてきた。


さきの将軍の正室です。先帝の御妹君でいらっしゃいます」

「ええーーーっ!」


 土下座しながら小声で伝えると、局長も副長も久吉も沢も、驚愕の叫びをあげ、おなじように慌てて土下座し、同時に叩頭した。


 相棒は、「ん?どうするの?」って表情かおになったが、綱が届く範囲に俊春がいるので、その横にお座りした。


 それにしても、まさか?どうしてこんなところに?


 そのとき、永井が帰るルートを指定していたのを思いだした。

 同時に、もともと双子は、和宮親子内親王が降嫁する際に護衛として江戸へゆき、そのまま将軍家の御庭番も務めるようになったということも思いだした。


「いいえ・・・。あなた方は、わたくしの大切な友・・・。さぁ二人とも、相貌かおをあげてください」


 なるべく伏せたまま、双眸だけあげて様子をうかがう。


 静寛院は、両掌を俊冬の頬にあて、相貌かおを上げさせた。


「おそれおおいことでございます」


 俊冬は、相貌かおをあげさせられても、視線だけは合わさぬよう、必死に抗っているようだ。


「あなたもです、俊春」


 命じられても、俊春は無言のまままだ面を伏せている。

 緊張しているのであろうか?


 その俊春に、相棒が鼻を押しつけた。俊冬は、指が四本しかないほうの掌を伸ばし、弟の肩を軽く叩く。


「はっ」


 俊春は、そこでやっと面をあげた。それでも、表情かおがみえる程度にとどめる。


「まぁいかがいたしたのです、その相貌かおは?」


 静寛院の驚きの声。


 が、またしても無言。


「がらにもなく、弟は照れておるようでございます」


 俊冬が苦笑しつつ、つぎは拳で俊春の肩を殴る。


「兄に、兄に殴られました。いまのように・・・」


 そこでやっと、俊春が答えた。


 沈黙がたゆたう。


 すると、静寛院がしずかに笑いだした。お付きの女性も、くすくす笑っている。


「相変わらずですね。あなたたちは、いつもわたくしを笑わせてくれました」

「ばれておりましたか?昔、われらは静寛院様の笑顔みたさに、わざと喧嘩をしたものでございます」

「ええ、ええ、ばれておりましたよ。でも、そのお蔭で、わたくしはどれだけ救われたことか。いつも・・・」


 静寛院は笑いをおさめると、右掌は俊冬の頬にあてたまま、左掌を俊春の頬へと添える。


「あなたたちのお蔭です。わたくしども・・は、どれだけ救われたことか・・・」


 彼女は、繰り返した。ただ、二度目は複数形になっていた。


 さきの将軍家茂のことも含めているのだろう。


 おそれおおいが、ついつい様子をうかがってしまう。

 局長や副長、久吉や沢も同様に、こそこそみているだろう。


「静寛院様。われらは、われらはどちらもお救いできませんでした。お詫びのしようごさいません」


 俊冬がいい、二人そろって叩頭しようとするも、頬に添えられているかのじょの掌のせいで、ほんのわずか頭を傾けることしかできない。


 どちらも、とは、先帝とさきの将軍のことである。


 以前、そのふたりの死にまつわる説について、かれらに尋ねられ、答えたことがある。


「なにを申すのです。病なれば、いたしかたござりませぬ。心から尽くしてくれた二人に感謝こそすれ、なにゆえ責められましょう」


 はらはらと、という表現がぴったりであろう。涙を落としながら、双子の相貌かおをあげさせる静寛院。


 先帝と先の将軍の死の真相について、噂なりともきいていないのであろうか・・・。

 そんな素朴な疑問が、脳裏をよぎった。


 視線を、お付きの女性へとそっとはしらせた。


 女性は、数歩はなれたところにひっそりとたたずんでいるが、おれの視線それを感じたのか、があってしまう。


「キッ」と、がきつくなった。


 噂は、付き人まででとめられているのか・・・?


 静寛院は、一年のうちに、夫、兄、母と、身内を三人亡くした。


 それでなくともへこむところである。それが、夫や兄は暗殺されたかもしれない、などという噂を耳にすれば、どんな気持ちになるであろう。


「われらがもっと気を配っておりましたら、容態が悪化(・・・・・)することもなかった・・・」

「よいのです、俊冬。すべては天命、です」

「・・・」


 俊冬は、ぎりぎりでごまかしつつ、それでも詫びたいのである。


 だが、静寛院にぴしゃりとさえぎられ、口を閉ざす。


 果たして、静寛院は噂をしっているのであろうか・・・?


「ただ一言でいい。あなたたちに、お礼を申し上げたかったのです。先日、将軍家がまいられました。その際、あなたたちが江戸へ帰還され、本日、江戸城これへまいられる、と。桃の井(もものい)にお願いし、会うてはずを整えてもらいました」


 面を伏せ、静寛院のまえでかしづく双子・・・。


 相棒と並んでいるその姿が、なにゆえかだぶってみえてしまう。

 厳密にいえば、シェパードよりかは狼のような・・・。


 二頭の狼とシェパード犬が、宮中のお姫様のまえに忠誠を誓い、傅いている。そんな、ファンタジーっぽいワンシーンが脳裏に浮かぶ。


 犬?狼?なにいってるんだ、おれ?なにを妄想してるんだ?


 奇妙な妄想を、わずかに頭を振って追い払う。



 それは兎も角、お付きの女性は、桃の井というのか。


 土御門藤子つちみかどふじこの二つ名である。


 静寛院、つまり、和宮親子内親王付の上臈御年寄であり、もともとは乳母である。とはいえ、文字通りの乳母は別にいる。年齢もそうかわらないので、乳母というよりかは乳母子っぽい役割か。

 たしか、新政府軍の進軍に先立ち、和宮の使者として将軍などの嘆願書を京へ届けるはずである。


 正直、「これぞお付きの女中」って、物理的にも精神的にもインパクト強すぎ、というのを想像していたが、なかなかどうして、若くてお美しい。


 桃の井が、なんらかの手づるを駆使して永井に依頼したわけ、か。


「静寛院様、おそれながら、京におもどりあそばされたほうがよいかと。勝手ながら、大納言様にも進言いたし、賛同を得ております」


 大納言・・・。

 橋本実麗はしもとさねあきら。公家であり、静寛院にとって伯父にあたる。


 そうだ、桃の井が嘆願書を届けるのも、たしか、橋本だったはず。


「いいえ、俊冬。わたくしには、まだやらねばならぬことがございます。わたくしは、菊千代きくちよ様のお役に立つことができませんでした。せめて、菊千代様が護ろうとなされたものを、護りたいのです。京へは、それから戻ってもおそくありませぬ」


 菊千代・・・。家茂の幼名である。


「昨日、将軍家より嘆願書をあずかりました。それを桃の井にお願いし、伯父に届けてもらおうと思っています」


 なんてこった。ウイキペディア通りだ。

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