奇跡か?女性がでてくるってよ
局長の「天にも昇る気持ち」っぽい、うれしそうな表情に、こちらまでうれしくなってしまう。
ほんの数日でも、将軍の警固である。それが、どれだけ名誉なことか。
「幕府命!将軍LOVE」の局長にしてみれば、名誉どころの騒ぎじゃないだろう。
久吉と沢、相棒と合流し、まだ騎乗するわけにはいかないので、白鳥濠の横を全員であゆむ。
興奮気味の局長、微妙な表情の副長。
副長にいたっては、ある意味頭の痛い話である。
負傷者がおおく、態勢が万全ではない。それに、動ける隊士は、作法もなにもあったもんじゃない。
それでも、やらねばならぬ。
どう乗り切るか・・・。
副長の頭の中は、どう算段するかでいっぱいにちがいない。
そして、双子もまた、俊春は浮かぬ表情で、俊冬は冴えない表情である。
心なしか、言葉もすくなめである。
砂利道をあるくざくざくという音と、局長と副長の声だけが響き渡っている。
相棒の耳が動き、わずかに鼻面をあげる。
なにかを察知したのである。
ふと、前方の木陰にだれかがいるのに気がつく。
冬の木漏れ日の下、ひっそりとたたずんでいる。
二人。二人とも、打掛姿である。
それがかなりご立派なものであることが、着物には無知なおれでもよくわかる。
相棒も、その二人に異常を認めていない。
そのとき、背後でなにか動く気配がし、振り向く。
双子が砂利道に土下座し、叩頭しているではないか。
「えっ、どうされたんです?」
そのおれの問いで、まえをあるく局長と副長、そのうしろで馬をひいている忠吉と沢が振り返る。
そのとき、前方の女性二人が、こちらにむかってきた。
わお・・・。
やはり、そうとう高価そうな着物である。しかも、重そうだし、しめまくってる感じ。十二単ほどではなさそうだが、あれを着るとなったら、体力がないと無理っぽい。逆に、あれを着たらそうとう体力がつきそうである。
和風のパワースーツという感じか。
ちかづいてくる女性たちと双子を、交互にみるおれたち。
ただ単純に美しい、というのが第一印象である。
白粉に紅を塗っているが、たとえスッピンでも大丈夫だろう、と推測する。
気品のある美人、というのだろうか?
これまで、幕末で会ってきた数名の、っていうところが悲しいが、その女性たちに劣らずきれいである。
美しいだけでない。外見、挙措、すべてが気品に満ち溢れている。
その横に付き従う女性もまた、美しい。
ってか、美しいという月並みな形容詞しかでてこないってのは、どんなもんだろうか?
さきをあるく女性が主人で、その斜めうしろをついてくる女性は、お付きの人なのであろう。
局長と副長の近間に入ると、お付きの女性がまえにでてくる。主人をかばいつつ、「お通しください」という。
局長も副長も慌てて下がり、間をあけてやる。
副長の瞳が、若いほうの女性の相貌と体をなめるている。そこは、さすがである。
が、女性二人は、イケメンに瞳もくれない。もちろん、おれたちその他大勢にも。
女性二人の目的は、双子のようだ。
女性が横を通ったとき、いい匂いがした。
いや、なにも変な意味でではない。きっと、匂い袋の匂い、それ、それである。
二人連れは、ついに双子のまえに立った。
双子は、ますますちいさくなり、恐縮している。
それを、ただ呆けたようにみつめるおれたち。
「おやめください。かようなふるまいは、無用でございます」
凛とした、という形容がぴったりなほど、女性の声はしっかりしている。
そういいつつ、膝を軽く折り、俊冬へと掌を伸ばしかける。
その掌は、きれいだがちいさい。
この女性たちは、いったい何者なのだろう?
女性など、めったに登場しないので、俄然興味がわく。
「触れてはなりませぬ。おそれながら、われらは獣。静寛院様が、触れてはならぬものでございます」
俊冬は、相貌を地面にこすりつけるほど叩頭したまま懇願する。
静寛院・・・?たしか・・・。
「げええええっ!もしかして、和宮親子内親王?」
脳内で、双子の様子と静寛院という名が符合したとき、思わず叫んでしまった。
叫んだ直後、しまった、と自分を呪う。
しかし、叫ばずにはおられない。それほどの女性なのである。