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謁見

 渡りきったところで、小姓っぽい若者が片膝ついてまっている。


「上様は、黒書院にておまちでございます」


 永井は無言でうなづくと、体ごとこちらへ向き直った。


「わたしは、これにて。俊冬、俊春、三名を頼む。それと、かえる際には白鳥濠から二の丸へ抜けよ。よいな」

「はっ」


 双子は、永井の言葉に頭を軽く下げて了承した。


「近藤、土方、相馬、またちかいうちに」

「はっ」


 局長が応じ、同時に三人で頭を下げた。


「対面は、さほどながいものではござりませぬ。局長も副長も、申されたいことはおおございましょう。ですが、いまはどうか心のうちにとどめおかれますよう。上様もあなた方となんらかわらぬ人間ひとで、心や感情も同様にございます」


 俊冬が、うしろからアドバイスを送ってきた。


 そういうふうにきくと、いろんなプレッシャーに耐え切れず、憔悴しきってどんよりしまくっている図を思い浮かべてしまう。


 局長と副長も同様であろう。


「あいわかった」


 局長が、言葉みじかくそう応じた。


 ずいぶんとあるいたところで、小姓がやっと立ち止まった。


 白書院は、一般大名との謁見の場、黒書院は、譜代大名など超セレブとの謁見の場、であったかと思う。

 つまり、黒書院のほうが、将軍にとってはよりプライベートな空間ってことになる。


 小姓が、するすると障子をひらけた。


 さきに双子が部屋に入り、そのあとにつづく。


 太腿の付け根に掌を添え、視線は下に向けて部屋をすすむ。これも、やはり和装のほうが堂に入っているだろう。


 畳をする靴下の音も、足袋のそれとかわらない。


 そう、靴下をはいている。しかも手編みっぽいものである。


 靴下は、古くは「水戸黄門」でおなじみの水戸光圀が、はいていたともいう。「メリヤス」と呼んでいたらしい。

 が、いまはいているのは手編みの靴下。そういえば、だれかのブログで、喰い詰めた武士たちが、靴下編みの内職をやっていた、とよんだことがあった。


 それが正しければ、いまはいているのは、武士の手編みの靴下ってわけである。


 副長もはいているので、夜な夜な編んでプレゼントしたらいいかも。ついでに、伊庭にも・・・。

 そうだ、バレンタインの時期に、手編みの靴下とマフラーを・・・。ちょっと重いかな?ひかれてしまうか?


 あぁ、そうだ。編んだことがないので、編み方がわからないじゃないか・・・。


 そんなどうでもいいことを妄想しているうちに、双子が高座の斜めまえに座すのが視界の隅にうつった。


 局長と副長が、止まって座すので、そのうしろに座す。


 そして、平伏した。


 心臓が高鳴る。ガチ時代劇。カチンコの音が響き渡りそうである。


 マジで静かである。ドキドキが、周囲にきこえやしないかと思えるほど・・・。


「くるしゅうない、面をあげよ。これには、ほかにだれもおらぬ。気兼ねする必要はない。それと、うだうだとした挨拶も抜きじゃ」


 その声は、若く明るい。


 ゆっくりと相貌かおを上げた。視線は、まえにいる局長や副長の腰のあたりにとどめておいた。


「上様、右側が新撰組局長近藤勇殿、左側が副長土方歳三殿。そのうしろは、とりまとめ役の相馬主計殿でございます」


 俊冬が紹介した。


 とりまとめ役に、思わず口角を上げてしまう。将軍にとっては、どうでもいいことであろう。おそらく、右から左へスルーしてしまったかもしれない。それどころか、耳に入ったかもわからない。

 それでも、俊冬は嘘をつかなかった。組長とすべきを、わざととりまとめ役、と。そう。おれは、一応子どもたちのとりまとめ役なのである。


「すまぬ。おぬしらのことは、二人からきいておる。此度の京での戦のことも。そして、余がさっさと逃げたことも・・・」


 たしか、副長より二歳ほど下だったはず。声は若いが、こうしてよくきいてみると、明るくふるまっているというふうに感じられる。


江戸城ここでは、壁に耳朶があるし、障子にはがついておる。余は、これよりしばらくの後上野の寛永寺に移る予定だ。みずから謹慎するわけである。その際、しばらく警固を頼みたい。ほんの数日である。あらためて下命するゆえ、そのつもりでいてもらいたい」


「ははっ」


 局長が了承し、三人で同時に平伏した。


「わざわざ脚を運んでもらい、一方的な頼みで申し訳ない。余も・・・」

「上様、承知しております。どうか」


 将軍がいいかけたところに、俊冬がさえぎった。


 さきほど、将軍がいったように、部屋の周囲に気を感じる。それは、警固する武人のものではない。どちらかといえば、息を潜めてきき耳を立てている鼠っぽい感じである。


「そうであったな・・・」


 将軍のちいさな溜息。


「大儀であった。謁見はおわりじゃ」


 そして、ことさら明るい感じで終了を宣言した。


「俊春」


 部屋をさがる瞬間、俊春を呼ぶ将軍。


「おぬしも新撰組の一員なら、警固の際にはまいれ。よいな」


 そのめいに、俊春が無言のまま一礼する気配を感じた。


 このときには、気にもとめなかった。たとえば、なにゆえ俊春だけが呼ばれたのか、ということを。


 それがとんでもない形でわかることになるとは・・・。



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