斬りあい
新撰組は、斬りあうときにはつねに三人一組で敵と相対する。
互いが互いの背を護りながら戦うのだ。
「局中法度」。
副長がつくったこの鉄の掟はだ。戦いの場において敵に背を向ければ、たとえ生き残ったとしても後に容赦ない罰が待っている。
「切腹」、究極の罰だ。
ゆえに、隊士たちは敵に果敢に向かってゆくのだ。
このときもおれたちは、互いの背を護りながら戦った。あぁ違った。三人プラス一頭だ。
このときの為にというわけではなかったのだが、おれは相棒に本格的に武器の扱い方を仕込んだ。
正確には、ドスの使い方だ。
隊士のなかに極道者がいる。元極道だった。
いまも昔も極道の掟もまた厳しいのはおなじようで、その元極道隊士には指が七本しかなかった。通常、利き腕ではない方の小指からつめてゆく。が、その元極道は左利きだった。
つまり、剣を握るのに大切な左小指と薬指はあったわけだ。
それは兎も角、ドスから太刀にもちかえたその隊士は、不要になったドスをまだ大切にとっていた。
元極道とはいえ、根はやさしく犬好きのその隊士は、そのドスを相棒にプレゼントしてくれた。
相棒では太刀は長すぎても、ドスならちょうどいい長さだ。
それを銜えさせ、太刀を受けるのと振りまわすことを教えた。
それこそ、漫画のように狙いすませて振ることは無理だ。動くものに反応し、銜えたものを振りまわしたがる習性を利用するのが精いっぱいだ。
それに、あまり危険なことはさせたくないという気持ちもある。
「相棒っ!」
おれは自身の「之定」を構えた。相手を油断なく牽制しつつ、左腰に「之定」とともにさしていたドスを、鞘から抜き放った。それから、それを宙へと軽く放った。宙でゆっくりと弧を描きながら舞うドスを、相棒はジャンプし、見事ドスの柄を口に銜えた。
地に音もなく着地するとドスを銜えたまま低い姿勢で唸り声を上げる。
ちゃんとドスの柄を銜えるのがすごい、とわが犬可愛さに思ってしまう。
それを目の当たりにした敵が怯んだ。動揺が走ったのが感じられた。
それを見逃すほど新撰組は間抜けでもお人よしでもない。
大石が先陣をきった。かれの「大和守安定」が、一番手前側にいた男に襲いかかった。
あまり関わりたくない類の男だが、さすがに場馴れし、スキルも豊富なだけはある。まったく迷いなく、怖れの微塵もない上段からの斬り下げだ。
刀身が相手の頭頂に入り、そのまま顔を縦に斬り裂いた。これが永倉や吉村だったら、頭蓋骨をも叩き斬ったに違いない。
「ぎゃっ!」
男は短い悲鳴を残し、その場にどうと倒れた。
いつの間にか副長までも動いていた。
左手の男との間合いを詰めるまでもなく、遠間の位置から左掌一本で「兼定」を横なぶりに払った。
「ぎゃあー」
まるで地面から血が噴出したかのようだ。
男の左脚が飛んだ。副長得意の喧嘩殺法だ。いきなり剣術の禁忌技を放ったのだ。
「兼定」は、男の膝から下を跳ね飛ばし、さらにもう一本の脚の膝部分に喰らいついた。
副長の「ちっ」と舌打ちが耳を打った。
これが永倉や吉村だったら、やはり脚を二本とも跳ね飛ばしていたに違いない。
もっとも、二人だったらいきなり脚を狙うようなことはするわけもないが。
おれも迷わない。
ここまできたら向かうしかない。
昼間、散々打ち据えられて痛む体を叱咤しつつ、新撰組の道場で習ったとおりに動いた。
体は覚えている。
心に恐怖と躊躇さえなければ、おれは動けるのだ。おれには下地がある。それを新撰組の仲間たちがこね、永倉や吉村といった剣豪たちが成型してくれた。
そして、それを副長が窯で焼いてくれたのだ。
できぬわけはない。
自分でも驚くほどスムーズに脚がでた。
右手の男までの距離を摺り足で一気に詰め、近間どころか、文字通り懐に飛び込んだ。
「之定」を振り翳すのではなく突いた。
おれは、もともと突き技は得意ではない。だが、病床の沖田からコツを教えてもらった。それを練習した。
沖田の「三段突き」に比べれば、おれの突きなど児戯に等しいだろうが、それでも「之定」はおれの思うとおり男の喉元に噛みついた。
おれはてっきり、相手が避けるか防ぐかすると思い込んでいた。が、相手は正眼に構えたまま微動だにしなかった。
「之定」の切っ先が相手の肉に入っていく。おれの体が相手のそれにぶつかった。
男は、喉を貫かれたまままだ立っていた。ごぼごぼと喉辺りで嫌な音がする。そして、大きくみ開かれた瞳。
それは、あきらかに驚きの光を湛えていた。
その瞳に耐え切れず、おれは得物を引き抜いた。鮮血が迸った。
そこでやっと、男は地に沈み込んだ。
おれは血刀をだらりと下げ、しばらく呆然としていた。