小栗忠順と勝とその他
「ささっ、これへ」
永井に急かされ、そそくさと御殿内にはいる。
城の内部は、二条城や大坂城とさしてかわらない。
「あの、松之大廊下って、みることができますか?」
思わず、おのぼりさんみたいに尋ねてしまう。
「ああ、みな、おなじことを尋ねる。案ずるな、相馬。此度は、上様との謁見があるゆえ、そこを通り、白書院に向かう。近藤、長袴を着用すべきであったな。浅野内匠頭のごとく、馬鹿の一人や二人、脅してやればよい」
永井のジョークだろうか。そのわりには、こちらに向けられている横顔は、マジである。
「玄蕃頭、これはまたお戯れを・・・」
「近藤、生真面目なおぬしだ。これから会う馬鹿どもの申すことが、いかに的をはずし、論外であったとしても、相手にするであろう・・・」
「いえ、玄番頭、すでに土方らに諫められております。それにしても、さようにひどいのですか」
局長は、あらためてショックを受けたようである。
「まぁ、二百五十年以上もつづき、平和の上に胡坐をかいておったのだ。ボケても仕方なし。もう諦めておる」
永井は、しみじみとつぶやく。
それを、副長も双子も静かにきいている。
「ここだ」
大広間を通りすぎ、ちいさめの部屋のまえで、永井は立ちどまり、あらためておれたちのほうに体ごと向き直る。
「俊冬と俊春が、うまくやってくれる。さぁ一戦、交えようぞ」
いうなり、うしろ掌で障子を開けた。
上座より、大老酒井忠惇、陸軍奉行並や勘定方を兼任する小栗忠順、勝手掛老中松平康英、若年寄の川勝広運、陸軍総裁の勝海舟、海軍総裁の矢田堀鴻、会計総裁の大久保一翁、外国事務総裁の山口直毅。
それから、ご意見番として、依田学海がいる。
どの役職も、これが江戸幕府最後の役職であることは、いうまでもない。
たぶん、そうそうたるメンバーなんだろう。最初から、こちらをなめてかかっている。見下しているオーラどころか、表情にも態度にもありありとでている。
局長、副長、おれと順にきちんと自己紹介したのち、向こうが名乗ったが、ぞんざいに名を名乗っただけである。役職すら告げなかった。
たまたま覚えていただけである。もしかすると、記憶違いかもしれない。
すくなくとも、酒井、小栗、松平、勝、大久保は間違いない。
依田については、だれかのブログで、かれが副長に、京での戦の様子を尋ねたと記載していたのをみた記憶があるので、勝手にご意見番にしただけである。
ただ、小栗だけはちがった。かれだけは、まず、きちんと役職を告げ、名乗り、これまでの労をねぎらってくれた。
これではまるで、落とす気満々の集団面接である。
左右に分かれて座しているかれらの間に、局長と副長が並んで座し、そのうしろ1mほどあけて、おれと双子が座している。
双子から、「かまわないから、睨みつけていろ」といわれているので、左右に居並ぶ重役陣のネクタイの位置ではなく、瞳を順にみてゆく。
ざっとみて、抗戦派は小栗だけであろう。かれは、この数日のうちに罷免される。
じつは、かれや榎本ら数名で、将軍に抗戦を直訴し、退けられている。
ほかの幕閣にとって、いまや小栗は導火線のようなもの。
かれの有能さは、政治的手腕だけにとどまらない。先見の明があり、戦略にも明るい。
あの長州の「でこちんの助」、もしくは「でこぴん野郎」こと、大村益次郎をもってして、小栗の才を怖れていたという。
戊辰戦争ののち、『かれが罷免されなかったら、新政府軍の東征は成功しなかったであろう』、と語ったという。
その小栗と視線があった。向こうから、にっこり笑って軽く会釈をよこしてくる。もちろん、こちらもおなじようにかえす。
線が細く、ぱっと見、現代の落語家のだれかに似ている気がする。
とてもいい人っぽい。実際、ウイキペディア等では、かれは誠の武士で、誠の忠義を貫き通した、と記載されている。
そして、いまからさほど遠くない将来、新政府軍のいいがかりともいえる罪状で斬首される。
複雑な気持ちになる。
はっと気がつくと、だれかのブログにあったとおり、依田が副長に、京での戦、つまり、「鳥羽・伏見の戦い」について尋ねている。
それに、よどみなく答える副長。
そして、やはりブログにあったとおり、「これからは刀や槍の時代ではなく、銃火器の時代である」、と熱く語る副長。
欠伸を噛み殺している者、『今夜のおかずはなにかな』と考えている者、『いつおわるんだ、これ?寒くてたまらん。ステテコはいてきたらよかった』って思ってる者がいる。
つまり、国会討論会のごとく、みな、まともにきいちゃいない。
依田の質問がおわった。どの質問もたいしたことはない。すでに、かれらの耳にはいっているはずのことの、焼き直しってやつである。
正直、依田の的外れの質問より、副長の答えのほうがはるかに立派だったし、ためになった。
依田は、幾度も「ちっ」という表情になっていた。
小栗は、ソーラーで動く首振り人形みたいに、ずっとうんうんうなづいていた。
あの勝ですら、苦虫をつぶしたような表情で、うつむいていた。
きっと、副長の明晰さに舌を巻いているはず。イケメンに、ではなく。
そして、はじまる。
いびりっていうのか?パワハラっていうのか?兎に角、いっせいに質問を、っていうか、攻撃してきたのである。