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市村辰之助って?

 なんと、双子は、局長と副長のために馬まで準備していた。


 さすがは、双子。できる男前はちがう。


 久吉と沢が、手綱をひくため、馬とともにまっている。


 これには、馬フェチの安富も大喜びである。が、れっきとした隊士であり、馬術指南役でもあるかれが、手綱をひくというのもどうかということで、今回は我慢してもらう。


「正式にいただけるよう、調整中です。安富先生、それまでどうか、我慢を」


 俊冬に告げられ、安富はうんうんとうなづく。


「がんばれよ、近藤さん」

「土方さん、短気を起こすなよ」

「お二人とも、ご健闘を祈ります」


 永倉、原田、斎藤に激励される二人。


「おうっ、俊冬、俊春、二人を任せたぞ」

「二人とも、しっかり土方さんをみはってくれよ」

「二人に任せておけば安心だな、頼む」


 そして、三人は双子にすべてを託す。


 ちぇっ、おれにはなんにもなしか?


 そのとき、子どもたちがこちらをみ、なにかいいたそうにしているのに気がつく。


「兼定、お城でなにか悪口いわれたら、噛みついちゃえ」

「兼定、局長たちの護衛を頼むよ」

「兼定、がんばって」


 足許でお座りしている相棒への激励・・・。相棒は、うれしそうに頷いている。

 ってか、犬が頷く?


「出発だ」


 そして、いよいよ出発。


「おっと主計、忘れてた。なにかあったら、すぐにしらせにこい。おまえだけじゃ、掌にあまるだろうからな」


 きわめつけは、永倉の激励?


 そっか、掌にあまるうえに、おれが使い走りをしないといけないってわけで・・・。


 モヤモヤするのは、気のせいか・・・。



 品川から東京駅まで、山手線で5駅。時間にすれば12分くらいだろうか。


 この時代でも、さほど遠くはない。あるけば30分もかからないだろう。

 不動産会社が表現するところの、徒歩10分という距離くらいかも。


「あの・・・」


 ちょうどいい機会である。この面子だけになるのって、そうそうない。

 ひかえめに、きりだす。


「んん?みなに愛されている主計、なにか悩みごとかな?」


 さきをあるいている俊冬が、にこやかな笑みとともに振り返る。その隣で、俊春もきらきらした笑顔を、こちらへ向ける。


 なんて男前なんだ。俊冬の頬のおおきな傷も、男前度アップのアイテム化している。それは、俊春の兄弟喧嘩の傷も同様。


「なんですか、それ?嫌味ですか?そりゃあ、おれは、みなさんよりみ劣りするかもしれませんが、それでも、そこそこモテてたんですよ。あ、いえ、女性に人気があったのです」


『possibly』、と心中で付け足してから、モテるの意味を説明する。


「ふーん」


 副長である。あきらか、信じちゃいない「ふーん」である。


「まっ、たしかめる術のないことだからな」


 そして、付け足す。


「いやいや、みなは主計のことが好きなのだよ。「かわいさ余って憎さ百倍」、と申すのか?兎に角、みな、好きすぎてつい、いじりたくなるということだ。なぁ歳?」


 馬上から、局長のやさしきお言葉が。

 いや、ちょっとまってください、局長。「かわいさ余って憎さ百倍」?間違ってますよね、使い方?


「局長の申す通りなのか、俊冬、俊春?」


 そして、さらりと他人ひとにふってしまう副長。


「いやぁ、われらは犬にて・・・。いかがかな、久吉さん、沢さん?」


 都合のいい犬宣言ののちに、馬の手綱をとる久吉と沢にふる俊冬。


「もういいです。わかりました。おれは、好かれすぎて笑いの種になってるってことです」


 ふと、足許をみおろすと、相棒がいつもの定位置で、正面をみすえあるいている。


 ぐっ・・・。相棒にまでスルーされてる。



「きいていただきたい話があるのです」


 涙を呑み、再度きりだす。そうしないと、江戸城についてしまう。


「市村辰之助のことです」


 往来をゆく人たちが、二頭の騎馬をみるなり道の端による。「いったいだれだろう」、といった表情かおで、馬上の局長と副長に視線を向けている。


 副長のイケメンは抜きにしても、新撰組の江戸での知名度はそうあるわけではない。しっていたとしても、浪士組として上洛し、京で暴れまわっている荒くれ者の集団という噂をきいたことがある程度、であろう。


「市村・・・辰之助・・・?」


 局長の戸惑いの声。


「市村ってことは、鉄の身内の者か?」


 そして、副長の困惑の声。


「市村辰之助は、鉄の兄です。勘定方に属しております」


 俊冬が告げる。


 鉄から、辰之助が離隊したがっていることをきいてから、双子に相談したのである。


「いや、気づかなかった。鉄は、てっきり一人で入隊したとばかり・・・」

「ああ、勘定方?くそっ、相貌かおすら思いだせん」


 あのー、いったい、どうやって入隊試験をしたんです?って問いたくなる二人のリアクション。


「主計の申すとおり、辰之助は離隊の機をうかがっております」


 俊冬がいう。俊春とともに、探りを入れてくれたのである。


「鉄は、そのことを悩んでいます。局長、どうにかなりませんか?」


 このままだと、辰之助は脱走するだろう。そうなれば、「局中法度」によって裁かれることになる。


「どうだろう、歳。離隊したがっている者を置いていても、いずれ脱走しよう。そうなれば、士気にかかわる。現状、士気が下がることは避けたほうがいいと思うが」

「ああ、異存はねぇよ、局長。だが、ゆくあてはあるのか?鉄は、たしか大垣の出身だったな?」


 局長に同意したのち、副長が視線をこちらに向けて問う。無言で頷く。


「大垣ですか・・・。あそこはいま、先々代藩主と小原おはら殿が、朝敵の汚名を返上しようと、佐幕派を説得しておるようです。辰之助自身の器量にもよりますが、離隊したのちはしばらく様子をみ、帰参したほうがよいかと。幸運にも、勘定方で一度も巡察などもにも参加していないとのことです。当人が吹聴せぬかぎり、かれが新撰組であったということを、隠せるやもしれませぬ」


 俊冬のいう大垣藩の先々代藩主は、戸田氏正とだうじまさ。そして、小原というのは小原鉄心おはらてっしん。大垣藩の城代である。二人は、氏正が藩主の時代に藩政や軍政の改革を積極的におこなった。そして、いったんは朝敵になった大垣藩を、新政府軍の先兵として従軍させることに成功する。


 たしかに、藩政がわれているいま、のこのこ帰参するのは得策ではないかも。


「たしか、二人の父親が、藩から追放されたのち、親類が暮らす近江の国友村に身を寄せていたはずです。そこへゆくよう、助言すれば・・・」

「だが、表立って離隊を認めるってのもな。ほかの隊士への影響もある。臆病風にふかれちまうやつがでてくるやもしれぬ」


 副長のおっしゃるとおり。公に認めたり、許可できるものではない。


「当人の矜持を傷つけるやもしれぬが、「戦に参加できぬ役立たずには暇をだす」、ということにすればどうだ?」


 局長のアイデア。当人は傷つくかもしれないが、用なし認定されたほうが、穏便に決着がつく。


「かれが去ったのち、「役に立たぬゆえ、追放されたらしい」という噂を、隊士たちに流せばよいかと。残る鉄にだけ誠のことを伝えれば、わかってくれるでしょう」


 俊冬の提案に、局長も副長も同意してくれた。


 よかった。これで、鉄も安心するだろうし、辰之助の希望もかなう。

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