いざっ!将軍謁見
将軍謁見についてきかされた局長の興奮ぶりも、おれのそれと大差ない。
「うおーーーーっ!」
あまりにも大声で叫ぶものだから、驚きの表情の入院患者たちが、のぞいていた。
真っ赤な相貌をして喜んでいる局長を、副長だけでなく、永倉ら組長や双子、伊庭もうれしそうにみつめている。
松本もまた・・・。
「きたついでだから、ちょっと診てやろうか?」
松本のジョークを丁重に断り、西洋医学所を辞したのだが・・・。
「利三郎?おめぇ、いったい、なにやってんだ?」
西洋医学所の敷地をでたところで、野村が民家の陰からひょっこりあらわれた。
副長が、眉間に皺をよせて問う。
「法眼が怖くって隠れてました。テヘペロ」
舌をだし、頭をかきながらうそぶく現代人、野村。
野村、是非とも150年先の未来に転生してくれ。おまえの生きるべき場所は、幕末ではなく、ずっと未来だ。
その三日後、ついに将軍徳川慶喜に謁見する。
徳川幕府最後の将軍に会うのである。
いろんな意味で緊張し、興奮し、その前夜は一睡もできなかった。
おそらく、首相に会うといっても、ここまでのことはない。
早朝、局長が「釜屋」に戻ってきた。登城の準備のためである。
双子は、紋入りの裃を準備していた。
「丸に三つ引両」。足利尊氏と、おなじである。
江戸時代、長裃とよばれるものが流行っていたらしいが、幕末期になると羽織袴ですませることもおおかった。だが、今回は、裃を調達した。
将軍への体裁というよりかは、幕閣への見栄なのであろう。
軍服の上着を、きっちり着用する。「之定」も帯びる。軍帽は、陣笠タイプしかなかったので、省略する。
もちろん、ズボンの下は褌である。
ぶらぶらさせていては、入る気合も抜けきってしまうだろうから。
姿見がほしい・・・。いや、なにも全身をみてうっとりするわけではない。
着用したことのないものを着たときって、みてみたいと思うのが、人間の心理ではないか?
あいにく、宿にある数すくない鏡は、「ナルシスト・土方」が独占してしまっている。
仕方なしに、みなのいる広間へとゆく。
「うわー、かっこいい」
「副長、似合ってますよ」
「双子先生、すごいすごい」
「局長の裃姿も素晴らしい」
隊士や子どもたちに囲まれ、ちやほやされている局長と副長と双子。
なるべく目立たず、ひっそりと部屋に入る。
「おっ主計、なにやってる?局長たちがおまち・・・」
蟻通が、いちはやく気がついた。しかも、いいかけて中途でやめる。
全員が、注目する。なにゆえか、沈黙。
さっきの、蟻通の中途半端な言葉と沈黙が気になる。
なにより、視線が痛い。あらゆる意味で、痛すぎる。
「なんともはや・・・」
原田が、間違いなくそうつぶやいた。
「主計、気にすんな。おなじ、だしな」
そして、永倉の謎めいた励まし。
それって、地球にいるおなじ「哺乳綱霊長目ヒト科」、日本人男性ってことをいいたいのか?
「かわいそうだね、主計さん」
「うん。悲しくなっちゃう」
「そうだよね。ごめん、涙がでてきた」
「これつかえよ、泰助」
ちょっとまてー!なに?子どもらに同情されてる?しかも、泣かせるほど?
「わたしだったら、耐えられぬであろうな」
「これならばいっそ、死番をおおせつかったほうが、気がらくかもしれぬ」
「さよう。銃火のなかで暴れまわるほうが、すがすがしいであろう」
ちょっとまてー!なに?隊士たちに絶望されてる?死んでしまいそうなほど?
たしかに、副長のかっこよさはいうにおよばず、局長の貫禄は「天下とりました」ってほどだし、双子の軍服姿も無駄にクールである。二人の相貌の傷も、歴戦の勇者っぽく映えている。
だけど、だけど、そこまでひどいのか、おれ・・・?
もういい。これならばいっそ、笑いで支えてゆこう。いじられ、いびられてなんぼ、のスタンスを貫こう・・。
開き直ったときである。肩を叩かれた。
野村である。かれの口が、おれの右耳に寄せられる。
「主計、エロかっこ悪くても、だんちにキモくてダサくても、生きてるんだ。ファイトッ」
そうささやき、さっさとはなれてしまう。
がっくりと畳にくずおれてしまう。
幕末にきてしまったことを、ほんのちょっぴり後悔してしまった瞬間である。