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卑怯な男と好きすぎる男

「なにいってやがる、八郎。昔、よく、練習つけてやったろう?」


 ええっ?その一言に、全員驚いてしまう。双子も、ポーカーフェイスではあるが、内心では動揺しているかもしれない。


「まだわたしが、あの子たちくらいの年齢としでしたよね?」

 伊庭の指が、追いかけっこをしている子どもたちを指す。


「しかも、練習中に骨が折れ、それがようやく癒え、練習を再開した時分ころです。あなたは、最初はなからわたしの骨を折った箇所ばかりを狙ってきた。否、そこしか打ち込んできませんでした。子ども心に、あなたとは二度と打ちあわない、と決めたのです」


 沈黙。ここが医学所であることを、思いださせてくれる静けさ。


「おいおい、八郎。勝負ってのはな、相手の弱点をつかなきゃ意味がねぇ・・・」

「ええ、おっしゃるとおりです、歳さん。勝負は、ですよね?でも、あれはかかり稽古。稽古です」

「なぁ、土方さんが汚ねぇってところは、わかるがよ・・・。で、どっちが優勢だったんだ?」

「無論、わたしです、新八さん」

「ほう・・・。さすがは、八郎。で、おぬしは、どこの骨を折ったのだ?」

「鼻、です。鼻の骨を折ったのです、斎藤さん」


 もはや、かけるべき言葉をもたぬ。


 土方歳三、どこまでも汚い、もとい、負けず嫌いなんだ・・・。



「というわけで、相手をしていただけるのでしたら・・・」


 どういうわけかはわからないが、伊庭は、局長と副長をのぞく全員をみまわす。


「できれば、手合わせをしたことのない方がいいかな。新八さんも斎藤さんも、腕をあげてますしね」


 手合わせしたことのないっていうのはわかるが、腕をあげてたらしたくない、というのは?それは、どういう理論だ?意味はよくわからないが、兎に角、その理論でゆくと、おれだって可能性はあるわけだ。なにせ、伊庭が手合わせをしたことがないといえば、このなかでは双子とおれだけってことになる。


 あの伊庭と剣術ができる?ますますテンションがあがってしまう。


「ちぇっ、ひさしぶりに、心形刀流と遣り合えるって思ったんだがな・・・」

「新八さんの申す通り。最近は、まともな剣士でも、物足りない腕前の者ばかり・・・」

「ちょっとまちやがれ、斎藤っ!まともな剣士でも、ってのは、どういう意味だ、ええっ?」

「物足りない腕前の者って、どういう意味ですか?」


 副長とおれが、ほぼ同時に叫ぶ。

 それから、あれ?となる。


 副長はまともじゃないことを、おれは腕が物足りないことを、それぞれ自覚してることになる。


「いや、なにもかような意味では・・・」


 斎藤は言葉に詰まりつつそういうが、そのさわやかな笑みが、それが嘘だと物語っている。


「そうだな・・・。怪我が快復したばかりとはいえ、八郎の腕はかなりのもんだ。なれど、主計なら、練習相手にはちょうどいいと思うが・・・」


 局長、グッジョブ!さすが、よくわかってらっしゃる。


「なりませぬ」


 局長にかぶせ、俊冬がピシャッとさえぎる。


「なりませぬ、って、なんでですか?いくらおれでも、一合や二合は打ちあえると思いますが?」


 ムキになって詰め寄る。


「さよう。主計は、八郎君が好きすぎる」


 その横から、俊春がピシャッと断言する。


「そうか・・・。それは残念だな」


 いや、局長っ!そこ、そこ納得するところっすか?おかしくないっすか?


「好きすぎてって、誤解されるようなこと、いわないでくださいよ」

「いや、主計。わかってるって。おれたちは、よーっくわかってる」

「ああ、きいてるぞ、主計。八郎のことが、ずーっと好きだったってな」

「ふむ。八郎は、いいやつだ。主計、もっとはやくに出会えていればよかったな」

「ちょちょちょ、まってくださいよ、副長、永倉先生、斎藤先生。誤解だっていってるでしょう?」


「主計、悲しいぞ。そうか、主計は、八郎みたいなのが好みだったんだな?てっきり、おねぇみたいなのが好みだとばっか思ってたわ。まっ、八郎ならまともだ。おれたちも、陰ながら応援させてもらうぞ」


 原田のながい腕が頸にまわされ、そのまましめあげられる。


「いや、原田先生。だーかーらー、そういう意味での好きじゃないんですよ。副長、おわかりですよね?みなさんに、説明してください」


 マジで必死に訴えてしまう。


 それでなくとも、初対面でいきなり誤解されているのだ。

 俊春による「あっち系」でのものと、俊冬による「黴のはえた羊羹のせいで、めっちゃ挙動不審者」のものと・・・。


「八郎君、主計のせいですまないね。どうか新撰組うちを、嫌いにならないでくれ。相手なら、是非ともわたしがつとめたい。「練武館」のご当主と手合わせできる機会など、そうそうないであろうから」


「ゴーイングマイウエイ俊冬」がでたー!


 俊冬は局長から木刀を譲ってもらい、さっと伊庭の肩に掌を置いて誘う。


「あっ、ずるいな、兄上。そういうことは、わたしの役目でしょう?」

「なにを申す、弟よ。こういうおいしいことは、はやいもの勝ちだ」


 そういうこと?おいしいこと?


 たしかに、最強といってもいい二人。手合わせなど、そういうことであったりおいしいことなのだろう。


 いや、違う。せっかくのチャンスを、奪おうとしている。いや、結局、奪ってしまった。


 ゆ、許せない・・・。


「ええっ!はやいもの勝ちって、ふつうは弟に譲るのが兄たるものでしょう?」

「否。ほかのことは譲れても、主計をいじるのは譲れぬ。たとえ、かわいい弟であろうとな」


 なにぃぃぃぃー!勝負、ではなく、おれをいじるってことなのか?


「主計君とでもいいですけど・・・?」


 そのとき、伊庭が、伊庭が、伊庭が、申しでてくれた。


 なんてことだ・・・。しかも、主計君、だなんて・・・。


 このまま二人で、「スカOツリー」にいってもいい。あ、ちょっと脚を伸ばし、「ディズOーランド」でも・・・。


 ああ、畜生っ。どっちもない。


 なら、せめて、「るOぶ江戸」で、名所を調べておけばよかった。

 ああ、畜生っ。それも発刊されてない。




「大騒ぎしてんじゃねぇっ!ここをどこだと思ってやがる」


 そのとき、怒鳴り声が。


 全員が頸をすくめ、おそるおそるそちらへ視線を向ける。

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