憧れの人との再会
西洋医学所は、千代田区にある。神田川にかかる橋の一つ、和泉橋のちかくである。
アニメの聖地、秋葉原のすぐちかくでもある。
現代では、道沿いにひっそりと説明書きがある。
ドラマにもなった、脳外科医が幕末にタイムスリップする医療系のコミック。それによると、西洋医学所は、幕府御用達の西洋医学の学校である。
もともとは、蘭方医たちが協力して種痘所をひらき、そこから学校へと発展した。大坂から呼ばれて長になった緒方洪庵や松本良順など、有名な医師が関係している。
西洋医学所、なんていうと、洋風の館っぽい建物かと、勝手に想像していた。
が、なんのことはない。実際は、純和風の土蔵や家屋が並んでいる。
庭なのか、それともリハビリでもするところなのか、だだっぴろいなんにもないところを、真正面にある家屋へとあるいていると、副長が、子どもらと相棒は、ここで遊びながらまっていろ、と命じる。
まぁ医学所に、子どもや動物はまずいよな。
綱を市村に託し、またあるきだす。野村は、子どもたちと残る、という。
途端に、わーわーきゃーきゃーいいながら、追いかけっこをはじめる子どもたち。
元気があって、大変よろしい、と心底いいたくなる。
ふふっ、野村よ、おれはしっている。医者が、嫌いなんだろう?怖いんだろう?
予防接種などの注射のまえはかならず、泣き叫び、暴れまくり、周囲を困らせるタイプに違いない。
「こっちだ」
副長は、フツーの民家のような建物へと向かう。ぱっと見、古民家っぽい。ってか、幕末では、どこもそうだけど。
「主計、ここにはおまえの好きな八郎・・・」
副長がおれになにかいいかけたとき、「おおっ、歳っ、みなもきてくれたか?」、と局長の声が響き渡る。大声すぎて、まさしく響き渡るという形容がぴったりである。
建物の脇からあらわれた局長は、左掌に木刀をもち、着物の左側だけ片肌脱ぎしている。
右掌を振りながら、こちらに向かってくる局長の向こうに、もう一人だれかいる。おなじように、片肌脱ぎで、やはり、木刀を握っている。
副長は、髪をばっさり切り、まず局長にみせたとか。
ゆえに、局長は驚かない。
ってか、わざわざみせによったなんて、そこもさすがの土方歳三、であろう。
「局長、元気そうだな。おっ、八郎じゃないか?京で負傷したってきいたが、もういいのか?」
永倉がにこやかにかえす横で、おれのテンションがあがる。
そうだ、この西洋医学所のちかくに、伊庭の実家である「練武館」があるんだ。
「よかったな、主計。八郎君だ」
「さよう。かれも療養中。気力も体力も弱まっている。やるならいまかも、だな」
左右からささやく双子。
「ちょっ、俊冬殿、なにいってんですか?」
「おお、すまぬ。おぬしは、やられる側であったな」
「ふふふっ、「あーんなこと」をやられる側だ」
俊冬と俊春はにやにやしつつ、おれからはなれてしまう。
くそっ、セクハラじゃないか。いやいや、それ以前に、どういう根拠で受攻を決めつけてるんだ?
もしかして、大坂の宿屋で馬たちと過ごしたあの一夜のことか・・・?
「みなさん、ご無事にかえってこられたと近藤さんからきいています。新八さん、恥ずかしながら、あなた方に合流しようと伏見奉行所にいったさい、撃たれまして・・・。その弾丸が胴巻きに喰いこみ、血を吐いて、昏倒してしまいました」
あいかわらず、伊庭は素敵である。艱難辛苦の出来事を、なんでもなかったかのように笑顔で語る。
素敵すぎて、くらくらしてしまう。
「大変だったな、それは。でっ、もういいのか?」
原田が、満面の笑みで伊庭にちかづく。
「はい。ここにいる必要もないのですが・・・。実家もすぐちかくですしね。ですが、家にはだれもおらず、なにもありません。それに、出撃もちかいので、ここでお世話になっているんです」
「誠によかった」
原田は、伊庭の懐をおかしまくり、ほぼ密接してかれの肩を叩いている。
「ちょっと原田先生、くっつきすぎですよ。それに、まずは局長に様子を尋ねるのが筋でしょう?」
いままさに、口を開こうとした瞬間、俊春がぴしゃりという。
おれの心中をよんだばかりか、おれの真似っこをして。
「おほっ、そっくりだ。すごいな、俊春」
「いまのは、まんまだった。まえに平助の役をしたときもまんまだったが、すごいな」
「たしかに。主計が申したのかと思ったくらいだ」
原田、永倉、斎藤・・・。
そこじゃないだろう?
「われら、影武者もかなりの数をこなしておりますゆえ」
平然と応じる俊春。
「俊春殿、なにをいってるんです?だいたい・・・」
「やかましいっ!局長への挨拶がさきだろうがっ!」
えーっ、副長、そりゃないっすよ。おれじゃないのに・・・。
それでも、しおらしく局長へ、ついで伊庭に挨拶する。
「そうだ、ちょうどいい」
局長は、着物を着なおしながらいう。
「八郎と軽く木刀で打ちあおうと、素振りをやっていたところだ。わたしは、素振りくらいなら問題ないが、さすがに、八郎と打ちあえば、本気にならざるをえぬ。ここで、かようなことをすれば、法眼に大目玉を喰らうであろう。だれか、八郎の相手を頼めるかな?」
局長は、視線をおれたちへとむける。
副長と、それがあったようである。
「無論、歳以外・・・」
「そりゃどういう意味だ、かっちゃん?おれ以外って・・・」
「歳さん、わたしも勘弁してもらいたいですね」
伊庭がいう。
かれは、京では「土方さん」と呼んでいたが、それは、かれが気を遣っていたのであろう。いまは、隊士たちがいない。でっ、昔の呼び方で呼んでいるっていうわけか。
さすがは、伊庭、である。
またしても、素敵な一面を垣間見ることができ、幸せな気分である。