夜襲
われわれが、敵が潜みそうな場所として予測していたのは、いまでいうところの丸太町通りの平安神宮を右手にした一画である。
深更だというのに、全員が編み笠をかぶっている。
おおっこれも時代劇どおり、とずれた感心をしてしまう。
同時に、眼だし帽のような頭巾姿というパターンもよくあるな、とさらにずれる。
全員が、すでに抜き身を掌にしている。
計八人。
一人だけ、もったいぶったように距離を置いている。小柄で華奢な男である。
河上に違いない。
その小柄な男が、甲高い声で「やれ」と号令すると、七人が駕籠を取り囲む。
駕籠舁たちは消えている。
獲物を約束の地点まで運んだら、それを置いて逃げるよう指図されていたのであろう。
「相棒、うしろの駕籠を護れ」
わざと日本語で指示をだす。
敵にわかるようにわざと、である。
相棒の黒くしなやかな肢体が、指示通りうしろの駕籠へと移動する。
「威嚇しろ」
刹那、相棒は姿勢を低くし、唸り声をあげる。
油断なく得物を構える敵を、一人一人見据えてゆく。
駕籠舁たちが駕籠に灯火をぶら下げているので、淡い光が周囲を照らしだしている。
全員が、うしろの駕籠と相棒に注目する。
副長と大石、おれも、うしろの駕籠へと駆けよる。
小柄な男が、音もなく距離を詰めてくる。
視界の隅で、まえの駕籠の扉が開くのを認める。
ちょうど消火用の桶が積まれており、その物影から腕が伸びて駕籠のなかにいる者を引き摺りだす。
副長が配置している三人。
まえの駕籠に、田中がいる。
連中は、相棒への指示を勘違いし、佐川を斬る為に迫っている。
「安全を確保」
取り決めどおり、英語で告げる。
副長は兎も角、大石に覚えさせるのに苦労した、たった一言。
だが、その甲斐があり、二人とも気兼ねなく戦えるであろう。
おれも含め、抜刀する。
大石の得物は、「大和守安定」、という結構な業物らしい。
うしろの駕籠は、沈黙を貫いている。
ついさきほどまできこえていた鼾は、いまは止んでいる。
さすがに、佐川も酔いから醒めたのであろう。
それはそうだ。これだけ殺気に満ちていれば、どれだけ豪胆な酒豪でも、酔いなど一気に吹っ飛んでしまうに違いない。
おそらくは、であるが。
いましばらくは、そのままおとなしくしていてもらうことにする。
潜んでいる三人の仲間が、田中を無事に黒谷へと誘導する間。
おれたち三人は、その間田中の乗る駕籠を護りきるのが役目、なのである。
「斬れ斬れっ!」
河上が叫ぶ。甲高い叫び声は、耳障りで仕方がない。
八人対三人の斬り合いが、幕をあける。