知らせと主計の疑問
「江戸城にまいりました後、和田倉門にもより、会津より軍資金をいただきました」
副長だけではない。全員が、「おおっ!」となる。
会津藩は、もともと大手前竜ノ口に屋敷があったが、江戸の大地震で全壊し、和田倉門内に再建されたのである。
「でっ、いくらだ?」
永倉が、尋ねる。
じつは、今朝支給されたのは、両長のポケットマネーであった。
ちゃんとした手当を、いただけることになる。
「二千両。おっつけ、追加も賜るかと」
「ありがたい話だ」
副長のしみじみとした言葉。幕臣である新撰組。いくら元「お預かり」といえど、ここまでする義理はないはず。
双子の力もあるのであろう。
「悪いほうのしらせは?まさか、その二千両をどっかが取り立てようとでも?」
「左之、おまえの金子遣いとおなじにするな。新撰組は、まだ戻ってきたばっかだ。なにを、どこに貸しをつくる?あるとすりゃ、佐藤の兄さんたちくらいだろうが。なぁ土方さん?」
永倉のいい分に、副長が苦笑する。
新撰組の活動は、副長の身内をはじめ、故郷の後援者たちによって支えられているといっても過言ではない。
「上様への拝謁、でございます。局長と副長、組長の方々・・・。さらに悪いことに、そのまえに、戦の話をききたい、と申す、馬鹿ども・・・、失礼、幕閣がおります」
本来なら、栄誉なことのはず。
京都府警の機動隊が、内閣の面々と内閣総理大臣に呼ばれたようなものである。
沈黙が、室内を満たす。
だれもが、起こりえる状況のいくつかのパターンを、頭のなかで描いているであろう。
「それ、組長はでなくってもいいよな?堅苦しいのはいやだし、どうも嫌な感じしかせん」
「あ、おれも。どうせ、嫌みばっかいわれるにきまってる。でっ、上様に会ったら、ぶん殴っちまいそうだ」
永倉と、原田である。
「賢明なご判断かと、お二方。さすがに、局長と副長は回避できぬでしょうが・・・。斎藤先生は?」
「嫌味には耐えられても、左之さんの申すことには同感だ。たとえいかなる理由があろうと、さっさと逃げかえった上様に、平常心で拝謁できるとは思えぬ」
いつものように、さわやかな笑みはない。
マジな表情で、ぽつりと答える斎藤。
「主計、ならばかわりに」
「ええ?おれは組長じゃありませんよ、俊冬殿」
「かようなことは、だれでもしっている。が、向こうはしらぬ。しる必要もないからな。否、関心がないのでな」
「はぁ・・・」
「副長、心中お察しいたします」
俊冬は、かるく頭を下げてからつづける。
「かねてより、局長が上様に拝謁を願っておいでです。せめてこの機にと思い・・・」
「いや、俊冬、承知している。拝謁できるときいたら、局長は大喜びするだろう。その表情をみられるのなら、嫌味くらい、我慢できるというもの。それよりも、いろいろと骨を折らせてすまぬ」
副長には、わかっている。拝謁をかなえるため、双子は奔走したにちがいない。
双子は、局長の未来をしっている。できうるかぎりのことはするつもりなのである。
「では、みなさまに、あれを着用いただきましょう。主計、着用の仕方を教授さしあげてくれ」
俊冬の五本ある方の掌が、風呂敷包みを示す。
おおっ。ここにきて、また洋服をきることになるとは・・・。
同時に、現代にいた時分からずっと不思議だったことが、いま、このとき、ここで、リアルに再考される。
ってか、リアルな問題としてたちはだかる。
幕府軍の軍服は、フランス軍の軍服を模したものである。
兵卒の軍服は、上着とズボンは対になっていて、生地は藍染めの平織り。上着には、五つの木製のボタンがついている。立襟で、右側の中ほどにポケットがついている。背面には、フランス風に切りかえがついている。ズボンは、なにゆえかボタンが三つもついていて、背面左右についている紐をまえで結んで固着する。ちゃんと藍染めの木綿の総裏がついているところが、にくらしい。
将校クラスは、兵卒の軍服にマンテルと呼ばれる外套がつく。生地は平織りのゴロフクレンの黒色。まえ開きで、喉元から丹田のあたりまで、木製のボタンが四つついている。立襟、現代でいうところのハイカラーというやつである。下の軍服とおなじく、背面に切りかえがついていて、腰から下は、乗馬ができるよう馬乗り開きになっている。両側面は、ボックスプリーツになっている。そこに、舶来物の牛革か鹿革のベルト、プラス、ホルスターや吊剣ベルトを装着する。
さらに、兵卒は陣笠をかぶったり、将校は、陣羽織を羽織ったりする。
双子も、これまでの軍服から、調達してきたものに着替えている。
「あの・・・」
ついに、長年の疑問をぶつけるときがきた。
っていうか、もっとはやくしることもできた。双子や榎本は、洋装なのだから・・・。
すっかり忘れていた。自分が体験する段になって、あらためてそのおおいなる疑問がクローズアップされた、というわけである。
気はすすまないが、双子に問うしかいない。
「ちょっといいですか?」
副長、永倉、原田、斎藤がみ護るなか、与えられた装備一式を胸元に抱えて立ち、双子をみおろす。
「ん?なにかな?」
斎藤よりさわやかな笑みを浮かべ、俊冬がみあげる。俊春が、その隣で子どもみたいに瞳をきらきらさせている。
うっ・・・。二人とも、おれの心中をよんでいる。すでに、おれの長年の疑問に気がついている。
「その、軍服の下の下は、どうされてるんです?」
かぎりなく、小声で尋ねる。
「あー?聴こえぬが?最近、耳朶がとおくなってのう」
俊冬は、わかってるくせにわざと「都合のいいときだけ老人の耳」、をつかってくる。
つまり、肝心なことはきこえず、悪口とかいらぬことだけきこえる、というあれである。
ふと、庭でお座りしている相棒と瞳があう。
「ふわー」っと大欠伸し、そのまま伏せの姿勢になる。
ああ、ああ、どうぞゆっくり休んでください。
本日は、公休日。欠伸しようが寝ようが、自由です。
心中で、相棒にそう投げつける。