イメチェン さっぱりしちゃった
「おっ?土方君がかえってきたな」
カイゼル髭の下にすばらしいまでの笑みを浮かべる榎本。
「おっ、客人か?」
副長は、新撰組以外のだれかがいることに気がついたらしい。
部屋に入りながら、にこやかに尋ねる。
「土方君っ!」
「土方さんっ!」
「副長っ!」
その副長をみた、全員が叫ぶ。
「なんだ、あんたか、榎本さん・・・」
副長はそんな叫びを無視し、つぶやく。
客人の正体をしり、がっかりしたようなオーラが漂っている。
「おいおい、いったい、どうしたってんだい、土方君?」
「土方さん、どういう風のふきまわしだ?」
「またなにか、よからぬことでも企んでるんじゃないんだろうな、土方さん?」
「副長、いったいなにがあったのです?」
榎本、永倉、原田、斎藤が口々に問う。
「副長、とてもよく似合ってますよ」
そして、ある意味、見慣れてるおれは、みながおわってからどや顔で告げる。
しっかりとヨイショしておく。これが、上司に心証をよくするコツである。
組織のなかでの渡世術は兎も角、副長はさらさらのロングヘアを、ばっさり切ってしまたのである。
つまり、現代においておおくの人々が「土方歳三」としてしっている、あの写真のまんまの髪型になったというわけだ。
「洋装にするんだったら、いっそ、髪もさっぱりとかえたほうが、よりいっそうひきたつと思ってよ」
さすがはナルシスト。
たとえ思っていたとしても、ここまで口にだしていえるものであろうか。相当に自分に自信がないと、到底口にだせるものではない。
いや、やはり、これもまた「土方歳三」だから、できるのであろう。
「土方さん、ひきたつってなにが?おお、あんたのくだらぬ策のことか?」
「ふんっ、土方さん、髪切ったくらいで、あっちのほうがひきたつってんなら、新八だって斎藤だって、坊主になってるはず。てんで、話にならぬ理論だぜ」
容赦のない永倉。そして、結局は「あっちのほう」は、自分が一番だといいたいのであろう原田の返し。
「いやぁいいねぇ、いいよ、それ」
あいかわらず、謎おししまくる榎本。
「榎本さん、悪いが、あんたにいってもらわんでも、おおくの女子が、「いいわ」だの「かっこいい」だのと、ここにかえってくるまでに声をかけてくれた。いまさら、野郎にいわれても、うれしくない・・・」
「おお、さすがだね、土方君。そんなあんたが、モーイってやつだぜ」
日本人って、謙遜を美徳とする民族だとばかり思っていた。が、思い違いだったと、あらためて実感する。
ドヤ顔で自慢する副長も副長だが、これだけツンデレならぬツンツンされまくっても、懲りずに謎おししまくる榎本も榎本である。
これはもう、おねぇの上をいってるかも・・・。
しかも、モーイって?オランダ語?と思いきや、榎本がにっこり笑いつつ親指を立てたものだから、モーイが「いいね」だと推測する。
「土方さんの盛りまくった話は、いいとして・・・」
対抗意識を燃やしまくってる原田が、強引に話題をかえてくる。
「榎本さんが、寿司をもってきてくれた。おれたちは、腹いっぱい喰ったから、土方さん、あんたも喰ったらいい」
「うまい寿司を、きみにも喰ってもらいたかったからな」
「ほう・・・」
副長がなにをいうのかと、期待してるタイミングで、双子があらわれた。
どちらも、胸元におおきな風呂敷包みを抱え、肩にも風呂敷包みをくくりつけ、負っている。
「これは、釜次郎殿。やはり、これにいらっしゃいましたか。駿河町で、たつ殿にばったり会いましたが、どこか寂しげにされていらっしゃいましたぞ」
「おおっといけねぇ。愛しのたつにも、寂しい思いをさせちまってるからな。昨夜の狂おしいひとときだけじゃぁ、まだまだたりねぇ。よしっ、かえってつづきをやるかね」
「たつ殿とは、昨年、釜次郎殿が娶われた新妻です」
俊冬が、解説する。
「ならば、はやくもどってやれ、榎本さん」
ほんのわずか、副長の口調がやさしくなってるか?
榎本に、というよりかは、かれの新妻への配慮に違いない。
さすがは、たらしの副長である。
「おうっ!またくる。似てねぇ双子、おめぇらの分も寿司があるから、喰ってくれ」
「こなくていいから、妻女とよろしくやってくれ」
うきうきと去ってゆく榎本の背に、苦笑とともに怒鳴る副長。
「寿司、ごちそうさまでした」
「うまかったです」
「また、お願いします」
「ありがとうございました」
永倉、原田、斎藤、おれもまた、その背に礼をいう。
現代では、まわってくる寿司がほとんどだった。で、京では、箱寿司がほとんどである。
高級握りを堪能できるなんて・・・。
心の底から、「余は、満足じゃ」っていいたくなる。
あまっている皿に醤油を落とし、副長と双子に声をかける。
双子は、荷物をおろしつつ、中身が洋装の軍服であることを告げる。
駿河町に、洋装を取り扱っている幕府御用達の店があり、そこで他の隊のをまわしてもらったとか。
駿河町は、日本橋である。かの「三O百貨店」本店が、幕末では「三井越後屋」として呉服商を営んでいる。
そのかえりに、榎本のご内儀たつに会ったという。
ってか、ご内儀とまで顔見知りってことに、驚いてしまう。
ちなみに、たつは、榎本のオランダ留学仲間の妹である。
「よいしらせと、悪いしらせがございます」
毛嫌いする榎本がもってきたものを、「うまいうまい、寿司はやっぱ江戸だな」といいつつ、ほおばっている副長に、俊冬が告げる。
双子は、まったく手をつけていない。
そういえば、いつも給仕するばかりで、喰っているという印象が薄い。かといって、つくっている途中でつまみ喰いし、腹がいっぱいっていうわけでもなさそうである。
双子なら、霞を喰って生きてるって仙人のスキルもありそうだが・・・。
「ああ?なら、よいしらせから」
やはり、よいしらせからってわけ、か。
いったい、いかなるしらせなのか?