江戸前寿司
永倉と原田は、でっかいネタの握りを、まるで柿の種みたいにつまんでは口に放りこんでゆく。
寿司は、もちろん、江戸前寿司。
江戸前寿司は、18世紀には客のまえで新鮮なネタをつかって握ってだす、というスタイルになっているはず。
浮世絵師の歌川広重が、江戸前寿司を描いている。
皿に醤油をたらし、寿司を横に寝かせてネタにしょうゆをつけて食べるのは、現代とおなじ。
江戸前という名称は、このすぐまえの江戸湾で獲れた魚で握るからである。
いやマジ、うまい。しかも、どんだけもってきてくれてる、っていうくらいある。
これ、銀座あたりで喰ったら、云十万円はくだらないはず。
『戦とかー船旅とかー、いろいろあったしー、ちょっとくらい食べても平気、平気。明日、その分、甘いもの控えよっと』
というわけで、この際、榎本の懐だし、江戸前寿司を堪能しておくことにする。
「みな、しっかり食べておくように。いっておくが、おれは、一人あたり二貫ずつしかだせないからな」
子どもらに宣言する。
この際だから、榎本の懐を利用し、艦上で拡散されたトピの雲散霧消を企む。
つまり、人の褌で相撲をとろうというわけ。
「主計、おまえってマジでセコイやつだな。これはこれ、おまえの驕りはおまえの驕り。ベツモノだろう?」
野村、おまえ・・・。
友達なら、協力して然り、じゃないか?それに、未来の言葉ばっかしっかり覚え、駆使するなんて・・・。
ってか、大人も子どももきいてねー。もくもくと堪能しまくってる。
それを、うれしそうに眺めてる榎本・・・。
もしかして、めっちゃいい人なのか?
「いい喰いっぷりだねぇ。感心しちまう。さすがは、土方君の仲間たち。ますます気に入った」
うんうんと、謎おししまくってる。
突っ込みどころ満載の謎おし・・・。
はやい話が、おれたちがなにをやらかそうが、すべて肯定的にとらえられ、それはそのまま土方君を気に入る、に直結するってわけか。
寿司をどんどん腹に詰め込みながら、そんなことを考える。
「あ、副長と双子の分・・・」
もうほとんど喰いおえ、ってか、なくなりかけたとき、斎藤が思いだす。
「心配いらねぇよ。ちゃんと別にとってあるからよ」
おお・・・。榎本、神対応・・・。
「もう入らない・・・」
「お腹、いっぱいだね」
「おいしかったね」
「さすが、迷子の艦長さんだよね」
「うん。主計さんだったら、たったの二貫でしょう?屁の突っ張りにもならないよね」
子どもらも、満足したようである。
それにしても、最後の泰助の「屁の突っ張り」って、意味が違わないか?
いや、もしかして、寿司が二貫じゃ物足りないって意味ではなく、おれ自身が役に立たないって、いいたいのか?
だとしたら、使い方は間違ってない・・・。
いや、そもそもそこか?
そういえば、朝飯喰ってから二時間ほどしか経っていない気がする。
実際、マイウオッチも間違いなくそう示している。
どんだけ食欲旺盛なんだ、新撰組・・・。
「それにしても、わざわざ寿司もってきてくれるなんて・・・。榎本さん、家は・・・」
茶をすすりつつ、永倉が問う。
「お屋敷は、三味線堀でしたよね?」
「おおおお?主計さん、あんた、誠になんでもしってんだな?」
榎本のリアクションが面白すぎて、ついからかってしまう。
おれのことをしる組長三人と野村は、くすくすにやにや笑っている。
「ええ、榎本艦長。あなたのことは、ある程度のことなら」
笑いながら告げると、榎本は「???」となっている。
カイゼル髭を指先でしごきながら、なんでしっているのか?だれがいったのか?と考えているにちがいない。
その回答は得られることはなく、真実はわからぬままなのに・・・。
満腹になると、大人も子どもも自然の摂理で眠くなる。
部屋に戻り、昼寝ならぬ朝寝をするといい、みな、榎本艦長に礼を述べ、割り当てられている部屋へと去ってゆく。
子どもらは、野村が側にいてくれるという。もっとも、添い寝ならぬ、一緒に居眠りしたいだけ、であることはいうまでもない。
そのとき、部屋をでていったばかりのみなの叫び声が・・・。
「あー、副長、なにその頭?」
「面白いー」
「うわー、なにゆえかような頭に?」
まずは子どもたち。
「副長、なかなか、ですな」
「おお・・・。これはまた」
そして、ひかえめな大人たち。
「副長、それ、マジウケるんですけどー。ますますチャラいですよねー」
そして、野村の叫び・・・。
かれはきっと、現代にタイムスリップしても違和感なく暮らせるだろう。
「馬鹿野郎っ!利三郎、ウケてんじゃねぇっ!さっさといきやがれ」
副長の怒鳴り声。
がやがやと、子どもたちや隊士たちの声が遠ざかってゆく。