迷子の迷子の艦長さんがやってきた!
近所を、散歩してみることにする。
この日一日、休息の日ということで、みな、思い思いにすごしている。
組長たちは、三人ともついてくるという。
いくばくかのお手当てが支給されたので、ぶらっとあるいてみようというわけである。
相棒と野村と子どもらも、一緒である。
「おれは、江戸で生まれ育ってるからな」
永倉は、松前藩脱藩である。
松前藩自体は、蝦夷、つまり北海道にある最北の藩である。
永倉は、松前藩上屋敷で育っている。
父親は、当時松前藩江戸定府取次役であった。
松前藩上屋敷は、たしか台東区にあるはず。ここは品川区なので、すこし距離があるか。それでも、このあたりのことは、よくしってるのかもしれない。
原田は、四国の松山出身。出奔してから大坂で槍の指南を受け、その後、江戸へきている。
斎藤にいたっては、いろんな説があるので、誠のことはわからない。が、すくなくとも、試衛館に食客としていた数年は、こっちですごしたはず。
さて、どこへゆこうかと話をしていると、「おーい」と遠くから声が・・・。
「あっ、あれ、迷子の艦長さん」
「あ、ほんとだ。陸にあがった河童の艦長さん」
「いつもてっかてかの艦長さん」
向こうから駆けてくる軍服姿の男に、子どもたちの容赦のない言葉が炸裂する。
「やめないか、おまえたち。あの人は、一応、えらいかもしれないんだぞ」
めずらしく、野村が子どもらをたしなめる。
かと思いきや、神対応ならぬ悪魔対応をやってる。
「一応、えらいかもじゃなく、ちゃんとえらいんだ。なにいってるんだ、利三郎。失礼じゃないか」
せめておれが、神対応しなければ。
「やっぱり、おめぇらか。ちょうど、いくところだったんだ。うまい寿司が掌に入ったんでな」
副長と、「ながあああああいお付き合い」の榎本である。
胸に、風呂敷包みを抱えている。
「うわー」
ってか、子どもも大人もいっせいに駆けだし、だれもおれの神対応をきいちゃいない。
相棒まで、「はやくしやがれ、こんちくしょう」って瞳で、みあげている。
ううっ・・・。郷に入ったら郷に従え、だけど・・・。
相棒、江戸言葉までできるのか?
結局、散歩はきりあげ、「釜屋」へ引き返す。
「おっ、なんだ、土方君はいないのか?」
宿に入るなり、榎本はがっかりしたようである。
「そういや、朝からいないな。きっと、吉原にでもいってるんじゃないのか?」
「馬鹿いえ、左之。江戸には、土方さんのなじみの女子がごまんといる。なにも、わざわざ吉原くんだりまで脚を運ばんでも、いくらでも・・・」
永倉は、子どもらがじっとみあげているのに気が付き、口を閉じる。
「さあさあ、おまえたちは、宿の人に頼んで、皿をかりてこい」
掌をうちならし、子どもらを追い払う。
「どうぞ、榎本艦長。そのうち、副長も戻ってくると思います」
とはいえ、副長が戻ってきたら戻ってきたで、嫌みの一つや二つ、三つや四つ、五つや六つ、乱射するにちがいない。
「おお、そうだ。ほら、ちゃんともってきたぞ。兼定の分と土方君の分」
榎本は、腰ベルトに布包みをぶら下げていたようだ。おれに風呂敷包みをおしつけると、その包みをほどく。
この独特のにおいは・・・。
「沢庵、どちらも好きだってきいてたんでな」
「ありがとうございます。どちらも喜びますよ」
苦笑してしまう。あの榎本武揚が、寿司と沢庵をわざわざ?
よほど、副長のことが気になるのか?
宿でごろごろしている隊士たちも呼び、広間でいただくことにする。
もちろん、相棒にはさきにやった。大喜びしたのは、いうまでもない。
「酒は?永倉君たちは、やらんのか?」
うまいうまいと、でっかくて新鮮なネタののった寿司をつまんでいると、榎本が不思議そうな表情で尋ねる。
「あ、そうだったな。昼間っからってやつか?」
「いえ、しばらくは・・・。まだ、全員がそろってないんで・・・。酒は好きですが、おなじように酒好きの手下たちが、怪我やら病やらで呑める状態にありませんので」
永倉が答える。
「そうか・・・」
榎本はそれをきいて、どう思ったであろう。
「榎本艦長は、麦酒がお好きなんですよね?」
空気をかえるため、つい口走ってしまう。
じつは、榎本は大のビール好きである。こののち、蝦夷の五稜郭からビールの角瓶が出土している。しかも、同様の角瓶が、江差沖で座礁した「開陽丸」から引き揚げられたらしい。それは、オランダから榎本がもちかえった「ハイOケン」の可能性が高い、といわれている。
そして、蝦夷での戦が終結し、投獄されている際にも呑んでいたという。
もっとも、かれはぶっちゃけ酒好きである。そして、酒豪でもある。ビールのみならず、日本酒を「米の水」というほどだから、よほどのものであろう。
「主計さんよ、誠によくしってるな?」
マジで、ストーカー確定だ。
「ええ・・・」
苦笑し、ごまかす。
「日本酒も、うまいがな。いや、すまねぇ。さすがは、土方君の仲間だ。義理堅く、誠実。ますます気に入った」
永倉だけではなく、おれもふくめた全員の眉間に皺がよる。
だれのことを気に入った、と?