表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

424/1255

龍と犬を従える鬼

「やめねぇか、おめぇら」


 それは、おれたちに向けられたものである。

 副長の一喝に、素直に座りなおす。


「俊冬、俊春、いいかげんにしやがれ。勝先生にたいして、無礼だろうが」


 副長は、頭ごなしに双子をたしなめる。すると、かれらは即座に頭を下げる。


 いや、それは頭をさげるなんてものではない。

 帝や将軍にたいするような、叩頭である。


「見苦しいところをおみせいたしました、土方様・・・


 大仰に詫びる俊冬。


 双子は、なんらかの理由で演技をしている。

 さすがは副長。それに気がつき、のっているというわけか。


「勝先生、われらがどちらに与しているか、これでおわかりかと。再三再四、誘いはあれど、われらはいまのところ、すくなくともおなじ側におります」


 双子は、そろって頭をあげると姿勢を正す。

 かれらのは、ふたたび勝にあわされる。


「勝先生、その舌でもってこの江戸と上様を救う。それが、いま、あなたのすべきことではございませぬか?」


 勝は、俊冬の指摘にちいさく舌打ちする。


「それに、おそれながら、夜半、否、日中であっても、供もつれずに不用意にあるきまわるのは、お控えいただいたほうがよいかと。なぜなら、その舌と頸をほしがる輩は、なにも敵だけではござりませぬゆえ」


 俊冬は、勝にぴたりと視線を合わせたまま忠告する。

 もちろん、俊春もするどい視線で射ている。


「脅すのか、「眠り龍」、それに、「狂い犬」よ」


 勝は、双子のいいようのない気迫にビビったのか、腰が抜けたように尻を畳につける。


「やめろつってんだろうが、俊冬、俊春」


 副長の一喝。ふたたび、叩頭する双子。


「勝先生、今宵はお引き取り願いたい。こいつらも、ほかの幹部も、疲れすぎてて気が立ってるようです。新撰組うちの隊士に送らせますゆえ」

「いや、いい・・・」

「おいっ、勘吾っ、沢っ、勝先生がおかえりだ。赤坂のお屋敷まで、お送りしろ」


 有無をいわさず、勝を送りだす副長。


 勝が蟻通と沢につれられ、不貞腐れた様子で去ってゆく。

 そして、その気が完全になくなった。


 だれかが笑いだす。もしかすると、おれだったかもしれない。すると、みな、大笑いしだす。


 相棒も、もとの位置に戻ってきて、「ケンOン笑い」をしている。


 しばらくの間、全員、笑いがとまらなかった。



「俊冬、俊春、おめぇらの気遣いに、礼をいう」


 ひとしきり笑ったのち、副長は眉間に皺をよせ、双子に礼をいう。


「いえ。副長こそ、われらの意図にお気づきいただき、さすがでございます」


 いつもどおりの調子に戻り、俊冬は気さくにいう。


「なぁ、なんで誠のことを教えなかったんだ、俊冬?」


 原田が代表して尋ねる。


 勝は、さきの将軍家茂を通じ、「坂本を助けてほしい」ということを双子に依頼した。

 そのことは、以前、京の「ホーンテッドハウス」で俊冬自身が教えてくれた。

 それに、ついさきほどもそのようにいっていた。


 その勝に、なにゆえ、坂本が暗殺されたとかたくなに告げたのか。


 たしかに、表立っては暗殺されたことにしなければならない。ゆえに、最初はわざと告げたのかと思ったが、さきほどの双子の様子では、坂本はマジに暗殺されて生きてはいないということを、強調していた。


 生きているということを、チラリとでもにおわせたくないというオーラが、でまくっていた。


 やはり、なにゆえ隠したがるのか?


 坂本と中岡の生存(・・)の真相を、闇に葬りたがっているのか・・・。



「勝先生とは、二、三度会っただけです。われらは、まだ餓鬼といってもいいくらいです。当時から、勝先生は相手を見下し、弁舌でやりこめる性質たちでした。そして、自身の主張を通すのに、舌しか動かさぬ。そこが、弟子の坂本殿とはおおきく違うところです」


 なるほど・・・。


 坂本も、自分の理想、持論を舌でもっておし通している。が、坂本の場合、それをおし通すために、活動をしている。それこそ、東西南北を駆けずりまわって。


「残念ながら、坂本殿も、大望をもつ勝先生の駒の一つであったわけです。もっとも、坂本殿も気がついていたやもしれませぬが・・・」


 勝は、自分の主張を坂本を利用しておし通した、というわけか・・・。

 けっして、自分で動くことはなく・・・。


「時勢はかたむき、時流がかわると、駒もいつなんどき、どうなるやもしれませぬ・・・」


 俊冬は、華奢な肩をすくめる。


「手代木を通じ、佐々木に命じたのが、かくいう勝だというのか?」


 永倉のかたい声が、おれたちのまえに放置されている銚子や杯にあたる。


「おそらく、勝先生からほかの幕閣に通じて・・・。坂本の危険性を説いたのやもしれませぬ。さきほどは、探りをいれるために佐々木の戦死が偶然ではないと申しましたが、やはり、偶然ではなさそうです」


 俊冬の言に、俊春がうなづく。


 俊冬がそれを告げた瞬間に、かれらは勝の心中をよんだのであろう。


 ならば、佐々木は消されたと?今井に?

 今井は、公卿の岩倉や土佐の岩崎と誼を通じているとばかり思っていた。


 今井は、こののち、ほかの幕臣たちと蝦夷へ渡って新政府軍と戦う。そして、ちゃっかり生き残る。戦後、坂本殺害の嫌疑をかけられるも、恩赦によって自由になり、クリスチャンになる。


 坂本の甥っ子の直は、叔父が死んだものとして、ちゃんと法要をとりおこなう。それに、今井を招いている。


 いったい、なにがどうなっているのか・・・?


「今井、あるいは、ほかの見廻組の隊士が「近江屋」であったことを語るとすれば、自身らが実行犯で新撰組にやりこめられた、という真実を語ることはありますまい。無駄な矜持が、そうさせるはず。そして、さかしきは、新撰組われらが実行犯である、と噂をまき散らすことでございます」


 俊冬は、そう告げるとまた華奢な肩をすくめる。


 プライドの高い見廻組が、坂本暗殺現場で新撰組にみつかって対峙し、してやられたなどと、だれかに話すわけがない。


 万が一にも、かれらが「近江屋あそこでのことをいうとすれば、双子のことにちがいない。


 では、勝は坂本と中岡の生死をたしかめに、わざわざ「釜屋ここ」にやってきたとでも・・・?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ