龍と犬を従える鬼
「やめねぇか、おめぇら」
それは、おれたちに向けられたものである。
副長の一喝に、素直に座りなおす。
「俊冬、俊春、いいかげんにしやがれ。勝先生にたいして、無礼だろうが」
副長は、頭ごなしに双子をたしなめる。すると、かれらは即座に頭を下げる。
いや、それは頭をさげるなんてものではない。
帝や将軍にたいするような、叩頭である。
「見苦しいところをおみせいたしました、土方様」
大仰に詫びる俊冬。
双子は、なんらかの理由で演技をしている。
さすがは副長。それに気がつき、のっているというわけか。
「勝先生、われらがどちらに与しているか、これでおわかりかと。再三再四、誘いはあれど、われらはいまのところ、すくなくともおなじ側におります」
双子は、そろって頭をあげると姿勢を正す。
かれらの瞳は、ふたたび勝にあわされる。
「勝先生、その舌でもってこの江戸と上様を救う。それが、いま、あなたのすべきことではございませぬか?」
勝は、俊冬の指摘にちいさく舌打ちする。
「それに、おそれながら、夜半、否、日中であっても、供もつれずに不用意にあるきまわるのは、お控えいただいたほうがよいかと。なぜなら、その舌と頸をほしがる輩は、なにも敵だけではござりませぬゆえ」
俊冬は、勝にぴたりと視線を合わせたまま忠告する。
もちろん、俊春もするどい視線で射ている。
「脅すのか、「眠り龍」、それに、「狂い犬」よ」
勝は、双子のいいようのない気迫にビビったのか、腰が抜けたように尻を畳につける。
「やめろつってんだろうが、俊冬、俊春」
副長の一喝。ふたたび、叩頭する双子。
「勝先生、今宵はお引き取り願いたい。こいつらも、ほかの幹部も、疲れすぎてて気が立ってるようです。新撰組の隊士に送らせますゆえ」
「いや、いい・・・」
「おいっ、勘吾っ、沢っ、勝先生がおかえりだ。赤坂のお屋敷まで、お送りしろ」
有無をいわさず、勝を送りだす副長。
勝が蟻通と沢につれられ、不貞腐れた様子で去ってゆく。
そして、その気が完全になくなった。
だれかが笑いだす。もしかすると、おれだったかもしれない。すると、みな、大笑いしだす。
相棒も、もとの位置に戻ってきて、「ケンOン笑い」をしている。
しばらくの間、全員、笑いがとまらなかった。
「俊冬、俊春、おめぇらの気遣いに、礼をいう」
ひとしきり笑ったのち、副長は眉間に皺をよせ、双子に礼をいう。
「いえ。副長こそ、われらの意図にお気づきいただき、さすがでございます」
いつもどおりの調子に戻り、俊冬は気さくにいう。
「なぁ、なんで誠のことを教えなかったんだ、俊冬?」
原田が代表して尋ねる。
勝は、さきの将軍家茂を通じ、「坂本を助けてほしい」ということを双子に依頼した。
そのことは、以前、京の「ホーンテッドハウス」で俊冬自身が教えてくれた。
それに、ついさきほどもそのようにいっていた。
その勝に、なにゆえ、坂本が暗殺されたとかたくなに告げたのか。
たしかに、表立っては暗殺されたことにしなければならない。ゆえに、最初はわざと告げたのかと思ったが、さきほどの双子の様子では、坂本はマジに暗殺されて生きてはいないということを、強調していた。
生きているということを、チラリとでもにおわせたくないというオーラが、でまくっていた。
やはり、なにゆえ隠したがるのか?
坂本と中岡の生存の真相を、闇に葬りたがっているのか・・・。
「勝先生とは、二、三度会っただけです。われらは、まだ餓鬼といってもいいくらいです。当時から、勝先生は相手を見下し、弁舌でやりこめる性質でした。そして、自身の主張を通すのに、舌しか動かさぬ。そこが、弟子の坂本殿とはおおきく違うところです」
なるほど・・・。
坂本も、自分の理想、持論を舌でもっておし通している。が、坂本の場合、それをおし通すために、活動をしている。それこそ、東西南北を駆けずりまわって。
「残念ながら、坂本殿も、大望をもつ勝先生の駒の一つであったわけです。もっとも、坂本殿も気がついていたやもしれませぬが・・・」
勝は、自分の主張を坂本を利用しておし通した、というわけか・・・。
けっして、自分で動くことはなく・・・。
「時勢はかたむき、時流がかわると、駒もいつなんどき、どうなるやもしれませぬ・・・」
俊冬は、華奢な肩をすくめる。
「手代木を通じ、佐々木に命じたのが、かくいう勝だというのか?」
永倉のかたい声が、おれたちのまえに放置されている銚子や杯にあたる。
「おそらく、勝先生からほかの幕閣に通じて・・・。坂本の危険性を説いたのやもしれませぬ。さきほどは、探りをいれるために佐々木の戦死が偶然ではないと申しましたが、やはり、偶然ではなさそうです」
俊冬の言に、俊春がうなづく。
俊冬がそれを告げた瞬間に、かれらは勝の心中をよんだのであろう。
ならば、佐々木は消されたと?今井に?
今井は、公卿の岩倉や土佐の岩崎と誼を通じているとばかり思っていた。
今井は、こののち、ほかの幕臣たちと蝦夷へ渡って新政府軍と戦う。そして、ちゃっかり生き残る。戦後、坂本殺害の嫌疑をかけられるも、恩赦によって自由になり、クリスチャンになる。
坂本の甥っ子の直は、叔父が死んだものとして、ちゃんと法要をとりおこなう。それに、今井を招いている。
いったい、なにがどうなっているのか・・・?
「今井、あるいは、ほかの見廻組の隊士が「近江屋」であったことを語るとすれば、自身らが実行犯で新撰組にやりこめられた、という真実を語ることはありますまい。無駄な矜持が、そうさせるはず。そして、さかしきは、新撰組が実行犯である、と噂をまき散らすことでございます」
俊冬は、そう告げるとまた華奢な肩をすくめる。
プライドの高い見廻組が、坂本暗殺現場で新撰組にみつかって対峙し、してやられたなどと、だれかに話すわけがない。
万が一にも、かれらが「近江屋でのことをいうとすれば、双子のことにちがいない。
では、勝は坂本と中岡の生死をたしかめに、わざわざ「釜屋」にやってきたとでも・・・?