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舌戦

「おい、ぼーっと突っ立ってないで、熱燗でももってきてくれ」


 宿の番頭や小者が、まだ廊下に立っている。

 勝が、その人たちに大声で依頼する。


「お手数ですが、お願いします」


 廊下側に座す俊冬が小声でいうと、かれらは一礼して去ってゆく。



「おうっ、そういやぁ甥っ子は、どうした?」

 

 勝は、忘れてたわけじゃないが、きくタイミングを逃したので、いまやっときいてみます、的な口調で尋ねる。


「三浦は、隊務の途中で脱走いたしました。ちょうど、戦がはじまるまえです。わざと、追っ手をだしませんでした。みつかれば、隊規にしたがい・・・」


 副長は、きれいな掌で自分の頸を斬る仕種をする。


 真実は、追い払ったのである。だが、それを告げる必要はない。


「ほう・・・。こっちに、なんの音沙汰もねぇ。えっ、なにかい?殊勝にも、親父の仇を討とうってか?」


 勝の鋭い視線と、副長のそれとがあう。


 そのとき、永倉がちいさく笑う。



「それはありますまい。あなたの甥御ゆえ、新撰組うちに置いていましたが、三浦が新撰組うちでやっていたのは、女遊びと飲酒です。刀を抜くどころか、木刀を握ったこともない・・・」


 副長もまた、ちいさく笑う。


「その三浦の仇とやらは、永倉が手傷を負わせ、俊春がのしました。噂では、肥後に戻ったということです。あなたの甥御は、あなたを頼って、江戸こちらへ向かっているのでは?」


 副長の予想は、あたっている。


 三浦啓之助は、このすぐのち、勝の紹介で慶應義塾に入学する。が、女性問題で退学処分になる。


 誠に、イタイやつである。



「そうか・・・」


 勝は、それ以上のことはなにもいわない。


「近藤は?悪いのかい?」

「いえ。念のため、西洋医学所に。横浜でおろした傷病人も、ちかく、西洋医学所に移すつもりです。局長には、しばらく養生してもらうつもりです」


 勝は無言でうなづき、副長から視線をそむける。

 永倉、原田、斎藤と順にみ、おれにそれをとめる。


 あの(・・)勝海舟・・・。


 緊張してしまう。あの勝海舟が眼前にいて、おれをガン見している。


 ハリウッドスターや世界の有名セレブにみつめられるより、ドキドキする。


「おめぇ、名は?さっきのメリケンの言の葉、慣れてるな。喋れるのか?」


 うわー、話しかけてくる。


「その者は・・・」

「俊冬殿、大丈夫です。自分の自己紹介くらい自分でできます」


 俊冬にしてもらうと、ろくなことはない。思わず、ムキになっていってしまう。


 副長をはじめ、新撰組うちのメンバーから笑声が漏れる。


「新撰組の隊士、相馬主計です。勝先生、英語は多少できます」

「ああ、そういや、永井さんが、「毛玉じゃない犬を連れた若いのが、英語ができる」、といってたな。じゃあ、あの犬は、おめぇのかい?」

「はい。兼定です」


 慶喜とともに、江戸へ逃げかえった永井が、なにかのときに話したのか。相棒とおれのことをしっていることに、驚いてしまう。


 それにしても、毛玉じゃない犬?この時代は、犬の種類は毛玉かそうでないか、でわけられるのか?


「利口な犬だ。だがよう、どんだけ利口でも、犬だけは好きになれねぇ」

「噂は、きいております」


 web上で、と心中で付け足す。


「ああ?まあ、隠してるわけじゃねぇ。いいけどよ。おっと、やっときたか?」


 そのタイミングで、熱燗がきた。


 一人、手酌で呑みだす勝。


 それを、永倉と原田がくいいるようにみている。


 ともに、我慢しているのがわかる。


 が、二人とも、いまのところは酒を控えている。

 負傷者が、せめて江戸に移るまでは、と。


 勝は、それをしっていてか気づいていないのか、どんどん杯をあげる。この調子だと、五本ある銚子がからになるのもまもなくであろう。



「で、おめぇら、よくもこっちに厄介ごとをおしつけやがったな、ええ?」


 杯をあげつつ、視線は、双子に向けたままはずさない。


「くそっ、いってぇ、どういうつもりでこっちにおしつけやがった?おかげで、小栗やほかの馬鹿どもに恨まれちまってる。きいてんのか、「眠り龍」?」


 その二つ名に、先夜の篠原のつぶやきがきこえなかった副長たちが、はっと俊冬をみる。


「勝先生、それはおたがいさまかと。われらも、さきの将軍を介し、あなたからの依頼をうけました。ちゃんと、うけたのです。先生、あなたの弟子は、あなたの画策通りに奔走し、挙句に暗殺されました」


 俊冬は、眼光鋭く勝をみ返している。そして、俊春も。

 いつにない尖った雰囲気は、めずらしい。


 坂本のことで、なにかあるのか・・・。


 双子は、ともに軍服の上着を脱ぎ、それを太刀とともに左腿のすぐ側に置いている。白いシャツの第一ボタンをはずしている。そこからかいまみえる頸筋が、やけに艶めかしくみえる。


「やつぁ、生きてんだろう?」


 勝は、杯を注ぐ掌をとめ、上目遣いに双子を交互にみる。


 宿の部屋のささやかな灯火のなか、勝のきる着物も袴も、着古し、ところどころてかてかしているのがわかる。


 猫背で膳におおいかぶさるようにしているその様は、とても幕府の要人にはみえない。さらには、漁食家にも。


 勝は、ひかえめにいってもプレイボーイである。妾が、複数いる。

 かれの赤坂氷川の自宅には、本妻と妾がともに住んでいる。


 妾が五人、子が九人。びっくりである。


 それは兎も角、このぴりぴりとした空気は、いったいなんだろう・・・。


 副長はもちろんのこと、永倉、原田、斎藤も、いつもとは違う双子の態度に、驚いているようである。


「勝先生、きこえませんでしたか?わたしは、暗殺された、と申しました。依頼はうけたが、阻止することはできませんでした。坂本を殺ったのは、見廻組。幕命によって、と佐々木只三郎が吐きました。坂本と中岡は、京で暗殺されたのです。しかも、その実行犯の首魁である佐々木も戦死。これは、たんなる偶然ですか、勝先生?」


 さすがのおれたちも、ここにきてやっと、俊冬と俊春がぴりぴりしている理由がみえかけてくる。

 そして、勝の突如としての訪問も。


「佐々木只三郎?ああ、いたなそんな野郎・・・。おいおい、おめぇら。おいらは、職を罷免されたり戻されたり、ってのを繰り返しててな。正直、なにがどうなってるのかもわからねぇ。わかってるのは、かわいがってた弟子が殺され、将軍が逃げ戻り、このあと、おれがその尻拭いをするってこった。今宵、おいらがきたのは、敵の様子をしりたかったからだ。それと、おめぇらに、力をかしてほしいってな」


 勝は、双子の視線から自分のそれをはずし、杯に酒を注ぐのを再開する。


 かれの舌は、残っている写真やエピソードとともに本物である。これだけ口が達者であるのは、頭のいい証拠である。


 双子は、同時に笑う。それも、口角をあげ、ちいさく。まるで打ち合わせたようにシンクロするその行動は、似ていなくても双子なんだな、と思わせてくれる。


「なにがおかしいってんだ、ええ?おめぇら、いってぇ、どっち(・・・)に与してる?」


 勝は、杯を上げかけたがそれを膳の上に音高く置く。自分の左太腿の側に置いている得物をつかむと、片膝立ちになる。


 反射的に、おれたち四人も鞘に掌をかけてしまう。


 が、双子は微動だにせぬ。そして、この男も・・・。

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