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勝海舟がやってきた!

「釜屋」は、もともと茶屋であった。

いや、いかがわしいものではない。旅人が休息するほうの、である。それが、宿屋になった。


「釜屋」は、幕府御用達である。


 南品川に位置し、現在ではそこは、マンションが建っている。その一画に、案内板がある。


 新撰組の定宿で、京から出張にきたときに宿泊している。



 田舎から都会にでてきたおのぼりさんよろしく、あるきながら周囲をみまわしてしまう。


 気のせいかもしれないが、雰囲気がちがう。

 景色、人間ひと、においまで・・・。



 局長と副長は、どことなくうれしそうである。


 遠征からホームグラウンドに戻ってきた、プロ野球選手のようである。


「釜屋」で、先行している永倉らと再会する。


 局長は、そのすぐあとに西洋医学所にゆく。肩の傷を、診てみてもらうためである。


「おおっ!みな、元気そうだ」


 局長は、みなと再会すると、おおきく分厚い掌で一人一人の肩をばんばん叩きまくって喜んでいる。


 数日しかはなれていなかったのに、再会にこれほどうれしそうにしている。


 だが、それは局長だけではない。おれ自身もである。


 副長は、口ではかわいくないことをいっているが、表情かおはやさしく、うれしそうである。



 局長は、ひとしきり再会を喜んだのち、西洋医学所へむかった。

 そこでしばらく療養するらしい。


 副長が局長を送って西洋医学所より戻ってきたのは、夕餉のあとであった。



「明日は一日、好きにしていい。俊冬、俊春・・・」


 夕餉ののち、副長の部屋に集まったおれたちに、副長が告げる。


「釜屋」は、大坂の船宿「京屋忠兵衛」よりおおきい。


 子どもらは大部屋であるが、隊士たちは二人で一室。

 幹部は、ちいさいが個室である。


 副長は、十畳くらいの部屋を独占している。



「おまかせを。江戸城にまいり、幕閣に根回しをいたします。同時に、武器などの装備も・・・」


 副長がみなまでいわずとも、心得ている。

 俊冬はそう応じ、俊春とともに頭を下げる。


 二人の相貌かおの傷は、いまだとんでもない状態である。とくに俊春のそれは、二度見、三度見したくなるほどホラー化している。


「喧嘩は、兄貴のほうが強いのか?」


 よほど我慢できなかったのであろう。尋ねるというよりかは、独り言のように、原田がつぶやく。


「どちらが強くてもいいではないか、左之さん。わたしたちも、昔はよくやったものだ。しかも、くだらぬことで」


 斎藤である。さわやかな笑みでいう。


 そういえば、局長がそういっていたのを思いだす。


「年下や弟というのは、喧嘩も気をつかう。総司や平助と、いつも気をつかったものだ」


 さらに、さわやかな笑みでつけたす。


「ちょっとまて、斎藤。いまのだと、年少がわざと年長に負けてやってるって、いってるようなもんだ」

「えっ、そうだったのか?またまたぁ・・・。どうかんがえたって、おまえら三人、喧嘩のしかたをわかっちゃいなかった」


 永倉、それから原田は、年長者の余裕の笑みとともに反論する。


 ちいさな庭で、相棒がお座りしてこちらをみている。


 夕餉に、沢庵がちゃんと添えられていた。相棒は、お殿様的にご満悦である。


 もちろん、沢庵好きの人間ひとのほうも、すばらし句でもひねりださんばかりに、ご満悦であった。


 斎藤は無言のまま、さわやかな、というよりかは不敵な笑みを浮かべる。


 それがまた挑発的で、永倉も原田もかちんときたようである。


「いつもだったら、源さんの一喝が飛ぶところだな」


 が、永倉が、気を取り直したようにつぶやく。


 そのぽつり感が、井上の存在のありがたさをつくづく感じさせる。


「ああ?わかってんなら、くだらねぇことで幹部三人、いいあってんじゃねぇ。自覚してくれ。幹部は、もうおめぇらだけだ。局長も、強がっちゃいるが傷が思わしくねぇ。新撰組うちは、これからが正念場だ。おめぇらが、もっとしっかりしてくれなきゃな」


 いつもだったら、井上だけでなく、「やめねぇか、おめぇらっ!」と、副長の一喝も飛ぶシーンである。だが、その副長は、冷静な態度である。


 三人は、視線を畳のうえに落とし、副長の言葉をおとなしくきいている。


 それぞれが、思うところがあるはず。


 どうしても、これから将来さきのことを考えてしまう。


 ちかい将来さき、この三人の幹部も一人になってしまう。



「永倉先生、原田先生、仲間内や兄弟との喧嘩は、斎藤先生のおっしゃるとおりかと」


 副長の言葉がおわると、俊冬が静かにきりだす。

 はっと相貌かおをあげる、永倉と原田。


「ですが、それは年長者や兄もおなじ道理でしょう?非があろうとなかろうと、相手をやりこめるというよりかは、自身の気持ちをぶつけたい。それが、なにゆえ本気になれましょう。言葉にできぬ気持ち、想いのあらわれ。甘え、わがまま・・・。それらが、多少すぎた表現になるだけ。殴りあいの喧嘩も、たまにはいいものです」


 沈黙が、室内を満たす。


 しかし、俊春が、ふんと鼻をならす。


「ご高説、結構でございますな、兄上?そのたまのすぎた表現で、わたしはいつも、相貌かおの形がかわるかと思うほど殴られてばかりです」


 そして、ぼそっとつぶやく。


 刹那、俊冬の掌が、超神速で俊春の後頭部をはる。


 みなが唖然とみまもるなか、俊春の表情かおがみるみる半泣き状態になる。


「弟に生まれたが、運命さだめ。あきらめよ」


 不敵に笑う俊冬。いじける俊春。


 思わず、ふきだしてしまう。すると、みな、いっせいに笑う。



「俊冬、おれと殴り合いの喧嘩、やってみるか?」


 副長が、意外なことをもちかける。


「これは異なことを。する理由がありませぬ。たとえ、する理由があったとて、わたしはけっしてあなたとはいたしませぬ。さきほどのは、常人の話。あなたは、わたしと殴りあいの喧嘩をすれば、あらゆる手段をつかってでも、わたしをのしてしまうでしょう」


 沈黙、ふたたび。


 いまのだと、副長を讃えているのか、非難しているのか判断できない。


「ですが、「鬼の副長」は、それでいいのです。それで・・・」


 沈黙がつづく。


 やはり、俊冬の意図していることや真意がよめない。



「おまちください」

「うるせぇっ!このくそ寒いのに、まってられるかっ」

「いえ、すぐに、すぐにとりつぎますゆえ。おまちを」


 そのとき、急に廊下が騒がしくなった。

 複数人の足音が、ちかづいてくる。


 相棒が立ち上がり、声のするほうをじっとみつめる。


「なんと、このは・・・。せっかちな御仁ですな」


 俊春の囁きに、俊冬が苦笑したのと、人影が躍り込んできたのが同時である。


「おうっ、土方っ!京でのさばってたのが、江戸に逃げかえってきたってか?」


 web上の写真のまんまである。

 やはり、写真が残っているとすごい。


 現代のように、修正アプリやソフトなら、「?」ってなことになるかもしれない。が、幕末いまは、ありのままの姿を写し、残す。


 残された写真そのまんまの小男は、どこからどうみても「その・・・」、である。


 歴史そのものに興味がなかろうと、幕末史が苦手であろうと、坂本龍馬とおなじくらい有名な人物なので、人生に一度はきくであろう名前。


 勝海舟かつかいしゅう。坂本龍馬の師である。


 山岡鉄舟やまおかてっしゅう高橋泥舟たかはしでいしゅうとともに、三舟と呼ばれている。


 なにより、一番の功績は、江戸城の無血開城であろう。駿府城で西郷隆盛と会談し、それを成し遂げたことは、あまりにも有名である。


 そして、あの(・・)役立たず隊士三浦啓之助の伯父である。

 三浦の父佐久間象山の義兄にあたるのが、この勝というわけ。



「相棒っ、ひいて(ゲット・バック)まて(アンド・ウエイト)


 小声で相棒に指示をだす。

 相棒は、指示通り縁側からはなれ、伏せの姿勢をとる。


 勝は、子どもの時分ころ、犬に陰嚢をかまれて死にそうになり、以降、犬が苦手なのである。


 勝は、そこではじめてうしろを向き、庭に犬がいることをしったようである。一瞬、体がこわばったが、相棒が伏せたまま動かぬと判断したのであろう。また、副長へと視線を戻す。



「ええ、勝先生。見事な負けっぷりでした」


 さすがの副長も、勝が突如あらわれ度肝を抜かれたか?

 苦笑とともに返す。


「ふんっ!だが、まいりましたってつらじゃぁねぇな、ええ、土方よ?」

「これからかと」

「ふんっ、あいかわらずだな」


 勝は、室内にいる全員をひととおり睥睨する。


 それから、どかりと胡坐をかく。

 


 めっちゃ、ちっちゃい・・・。それが、正直な感想である。

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