海賊とトピ主
早暁、マイ懐中時計は6時を示している。
結局、よく眠れぬまま、相棒を連れて艦内をうろうろしている。
メインマストの下に、肥田と乗組員が集まっている。みな、上をむき、あれこれいっている。
つられて上を向くと、双子がなにかやっている。
「なにがあったんです?」
肥田に尋ねると、帆走に移ろうとしたが、メインセールがからみついているという。
双子が、その対処をしている、と。
「海賊をしていた、というのでな」
肥田は、冗談と思っているらしい。そういってから、はははと笑う。
「おれは、海O王になる!」
双子なら、海賊家業をしながら七つの海を航海してそうだ。
艦のことはまったくわからないが、双子はてぎわよく作業をこなし、ほどなくして終了する。
無事、艦は帆走にうつる。
それにしても、双子って眠ってるんだろうか・・・。
ついつい心配してしまう。
横浜・・・。
急遽、負傷者の一部をおろすことになる。
新撰組の負傷者も、下船。仏語伝習所に、収容されることがきまった。
大石にいくばくかの金子をあずけ、負傷者の付き添いをさせることになる。
大石も、船酔いでみっともないところをみせたということと、すこしでもはやく艦を降りたいからか、しおらしくその命を受けた。
そして、艦は江戸へ向かう。
「江戸だ!」
「戻ってきたぞ」
品川沖。東京湾である。
「お台場だ」
だれかがいったので、あのお台場かと思い、指さすほうをみる。
点々と島がある。なかには、砲台がまるみえのところもある。
当然のことながら、あのお台場とは違う。
ペリーが黒船を率い、日本にやってきてから、さらなる襲来に備え、幕府は海防の強化につとめる。
その一つが、軍艦の造船である。
そして、品川台場を設置する。第一から第七まである台場に、大砲を設置、外敵に備えた。
通称「お台場」。
現代では、そこはすっかり様変わりし、東京のランドマークの一つとなっている。
「どうした、鉄?」
みな、陸を眺めてわいわいと騒いでる。だが、市村は、相棒の横に座って抱きついている。
めずらしく、うかない表情をしている。
「江戸ってはじめてで・・・。しかも、辰之助兄が、大垣にかえりたい、かえりたいっていってるんだ」
市村は、大垣出身である。
そういえば、影はうすすぎるが、八歳はなれた兄辰之助がいる。
剣術よりも算盤勘定のほうが得意なので、勘定方に属している。
史実では、辰之助は江戸までゆくものの、甲陽鎮撫隊として甲府に出陣、負けて江戸へ戻ったあたりで脱走しているはず。
その後、大垣藩に帰参するも、若くして亡くなったと記憶している。
明朗快活、活発な弟にくらべ、おとなしくて控えめなので、後世の創作でもあまりみかけない。たしか、弟が主役として描かれ、アニメ化もされたコミックと、浅田O郎先生の小説でみかけた。
みかけたのは、その程度か。
もちろん、幕末関係の小説やコミック、ゲーム等々すべてを網羅しているわけではない。もしかすると、ほかにもでている作品があるかもしれない。
「江戸は、おれも相棒もはじめてだ」
江戸には、と心中でつけたす。
プライベートでも仕事でも、東京には何度もいってる。相棒ですら、仕事で二、三度いってる。
「そうだよな。はじめてゆくところは、不安だろう?だが、大丈夫。みながいる。相棒や、銀や泰助、局長や副長、双子先生も」
しょげている市村の頭を、撫でてやる。
「それと、主計さんもだね。そうだ、主計さん、江戸で寿司に天ぷら、ふわふわ卵をご馳走してくれるってきいたよ」
なんてこった・・・。
俊春のつぶやきは、泰助によってwebよりもはやく拡散されてしまっている。
いまさら、削除はできるのであろうか?
「あ、ああ、そんな話もあったかな・・・。ははは・・・」
「トピ主をぶちのめしたい、と申しておる」
「ぎええええええっ!」
耳にささやかれる。もちろん、相棒の代弁者たる俊春のささやき。
驚きのあまり、思わずあげてしまった断末魔のごとき叫びに、甲板上の人々が注目する。
「すみません、すみません」
こめつきバッタのごとく、平謝りするおれ。
「なにやってんだ、おめぇは。まったく、さわがしいやつだ」
眉間に皺をよせ、こちらにむかってくる副長。俊冬が、一緒である。
「兄上、トピ主とは、なんでしょうな」
「下船の準備は、できておる。下船後、「釜屋」へゆく。さきに「順動丸」で大坂を出航された、永倉先生たちもいらっしゃるはず」
俊春の問いを無視し、「ゴーイングマイウエイ」俊冬が告げる。
口をひらくよりもはやく、「土方君、土方君、おっ、まだいるな?」と、問いとともにあらわれたのは、副長とは「ながああああああい、お付き合い」になる榎本である。
肥田と局長が、いっしょである。
「ああん?まだ着いちゃいねぇ。どうやって、こっからいなくなれるってんだ?」
大人げなくも、言葉尻をとらえていい返す副長。
「似てねぇ双子、叔父貴のところに、横浜の怪我人、運びこみゃいい」
榎本が、双子に提案する。
「叔父貴?」
双子ではなく、局長と副長が反応する。
「あ、西洋医学所ですよね?」
榎本の血縁関係や、新撰組の怪我人たちの上陸後のゆきさきをしっているので、おもわず口をはさんでしまう。
「あ、ああ・・・。なんでもよくしってるんだな、主計さん」
こいつ、ストーカーか?ってな視線で、こっちをみる榎本。
「あなたの叔父上のことは、存じておりますので」
web上で、と心中で付け足す。
会ったことないが、会いたいとは思っている。
「とても柔軟で、活発な方ですよね」
「ああ・・・。それが、奇妙奇天烈ってんなら、そのとおりだ」
思わず、笑ってしまう。一本、取られてしまった。
「それで、榎本殿の叔父上とは、いったい・・・」
副長と視線をかわしつつ、おずおずと尋ねる局長。
「局長も副長も、ご存じの方です。新撰組の屯所にもきてくださいました。残念ながら、そのとき、おれはいませんでしたが」
「法眼、松本法眼か?」
両長が、叫ぶ。
「そら、下船開始だ。近藤さん、しりあえてよかった。今後の健闘を、祈ってますよ」
「おいおい肥田さん、またそんなこといって・・・」
肥田が局長を激励するのをきき、榎本の表情が一瞬にして暗くなってしまう。
「釜次郎、わたしにできるだけのことはやった。韮山代官は、すでに今後のことを決している。わたしも、これがぎりぎりなのだ。古なじみのおぬしにできる、最後の協力。すでに、話はついているはず」
あいかわらず、肥田は、全身真っ黒である。苦笑らしきものが浮かぶ。
局長と握手するために掌をだしかけ、それもまた真っ黒なことに気が付く。
ズボンでこするも、よりいっそう黒くなる。
「肥田さん、お世話になり申した。「富士山丸」は、じつにいい艦ですな。そして、あなたは、とてもいい船乗りです」
局長はにっこり笑いつつ、肥田の真っ黒な掌をとり、ぶんぶんふる。
でた、局長マジック!
「近藤さん・・・。それは最高の誉め言葉だ」
肥田、落ちる。
「土方君、またともに呑みにゆこうじゃねぇか。いい店をしって・・・」
「なにいってる?一度たりとも、ともに呑んじゃいねぇ。誤解されるようなこと、いわねぇでくれ」
副長と榎本・・・。
榎本は、おねぇとは別の意味で副長に絡んでくる。しかも、おねぇと同様、こりず、しつこい。
ここにおねぇがあらわれたら、どんなドロドロの構図になるのかと、一瞬、想像してしまう。
新撰組は、江戸に帰還した。それが正しい表現かどうかはわからないが、兎に角、無事、江戸の地を踏みしめることができた。
しっかりと、踏みしめることが・・・。