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What will happen?

「で、泰助。わたしに用事があったのでは・・・」

「忘れました。もういいです。はやくみなに、伝えなきゃ」


 いうなり、船室がわりの船倉へと降りる階段へと駆けだす泰助。

 呑気な野村も、うきうきした様子で駆けだす。


 その大小の背を、笑顔でみおくる俊春。が、すぐにこちらへ体ごと向き直る。


 もちろん、視線があってしまう。


「わたしのかわいい弟に、よからぬことを考えたり想像したりするのではないぞ、主計」

「ひいいいっ」


 左耳に、まさかのささやき。思わず、飛び上がってしまう。


 あいかわらず、クールなでみてくる相棒。


「なにいってんですか、俊冬殿。おれに、そんな趣味はありませんよ。まったく、どうしておれが、俊春殿をどうかしようなどと、考えたり想像したりするんです?」


「なぜなら、つい先日も宿の庭先で「あーんなこと」があったからだ、と申しておる」

「ぎゃーーーー」


 俊冬に詰め寄っているところへ、つぎは、右耳にささやかれる。


「えっ?そうだ、忘れてた。「豊玉」や「宗匠」たちと寝落ちしたときのことですよね?「あーんなこと」って、いったいなんなんです、俊春殿?」


 体ごと、俊春へ向き直る。


 10m以上距離があったはずなのに、神速で間を詰めてくるところはさすがである。ってか、それをいうなら、俊冬もいつの間にか、背後にあらわれていたのだが・・・。



「それで主計、つぎは、なにが起こる?だれが、いつ、どこで死ぬ?」


「ゴーイングマイウエイ」俊冬・・・。


 おれに作詞作曲の才能があり、ついでに唄えてギターでも弾くことができれば、かれのために1曲つくって弾き語りしたい。


「すみませんけど、おれを間にはさむのやめてもらえませんか?なんか、職場の同僚から、いじめとパワハラを同時にされてるみたいですから」

「申している内容はよくわからぬが、「あーんなこと」をした仲ではないか?いまさら、われら兄弟にはさまれようが、絡まり合おうが、気に病むことなどあるまい」

「ですから、俊春殿っ・・・」

「主計っ!われらは、いまから鍛錬をするのだ。ときがもったいない。はやく、答えてくれ」

「はい?それなら、あなたの弟を叱ってくださいよ、俊冬殿」


 意味のないいい合いをしつつ、俊冬の問いに対しての答えを、先延ばしにしているのだと、自覚する。


 そのおれをよんでいるのか、きいてきた俊冬もまた、おれの答えをきくのを先延ばししたがっている。


 だが、このまま時間稼ぎするわけにはいかない。歴史的真実を伝え、最善のを検討し、納得のゆく道を進まねばならないのである。


 ときを稼ぎたいわけではないが、二人からはなれて手すりにちかづくと、それに背をあずける。

 それも木製で、なにゆえか、木のぬくもりを感じる。


 海上は、今宵も静かである。空には、無数の星が瞬いていて、欠けた月がぼーっと浮かんでいる。


 あの月に、人類がいって降り立つのは、一世紀後のことである。

 1969年、アメリカのアポロ11号が着陸し、人類ではじめて、ニール・アームストロング船長がそこに降り立つ。


 いま、ここで、日本人同士が争っている。


 そのたった100年あまり後、人間ひとが、月にいくなんてことをしったら、みな、驚くにちがいない。いや、信じないにきまっている。


「おれのしる史実では、この後、慶喜公はみずから謹慎します。後事を勝海舟に託して。新政府軍、つまり、薩長や朝廷の連合軍から、江戸の町や江戸城を救うため、勝先生は西郷隆盛に談判します。一方、それを不服とする幕府側の人間ひとたちは、各地で戦闘を繰りひろげます」

「そうであろうな・・・。大坂城でも、そうであったように。われらも、大坂城で、ほんのわずかしか翻意させることができなかった」


 俊冬が、しずかにいう。


 いや、わずかでも助かった生命いのちがある・・・。



「おおきな流れは、理解した。主計、われらも、大局をかえることはできぬ・・・」

「わかっています」

「主計・・・」


 俊冬の無言の催促。わかっている。わかっているが、口を閉ざしてしまう。


 言葉にしたくない。

 言葉にださずとも、双子ならわかってくれるという甘えた気持ちもある。


「局長か・・・」


 俊冬の声は、ほとんどききとれぬほどちいさい。


「もういいでしょう、俊冬殿?あなたたちは、しった。どうぞ、鍛錬をなさってください。ここで、眺めてます。昨夜のように、途中から喧嘩にならぬよう、見張ってます」


 この話題をやめたくて、わざとつっけんどんにいってしまう。双子も、それをわかっている。


「たいていは、一人で素振りや基礎体力をつける程度」


 ゆえに、俊春がそうあわせてくる。


 そういえば、まえに、松吉がいっていた。


「父上は、毎夜、一時いっときよりもながく、素振りをしている」、と。


 松吉や新撰組うちの子どもたちが、半次郎ちゃんに拉致されたのを救いにいったときである。

一時いっとき・・・。毎夜、二時間も素振りをするなんて、そうできることではない。おそらく、俊冬もやっているはず。


 永倉も、他人ひとのみていないところで鍛錬を積んでいる。かれらの強さの秘密は、そういった努力の積み重ね、ということか。


「夢中になってしまうと、われを忘れてしまう・・・」

「喧嘩のときって、武術を遣わないのですか?」


 俊春にかぶせ、どうでもいいことをきいてしまう。

 だまっている二人に、さらに問う。


「局長が、喧嘩は、違うものだと・・・」


「喧嘩はせぬ。弟以外とは」

「喧嘩はせぬ。兄上以外とは」


 シンクロする二人。


「喧嘩や戦は、好きでない。人間ひとというのは、そういうものではないのか?人間ひとは、人間ひとを貶めたり穢したりせぬものではないのか?人間ひとどうしで争ったり、殺しあったり、してはならぬのであろう?」

人間ひとというものは、憎しみあったりいがみあったり、してはならぬのであろう?人間ひとを殺したり、傷つけたりしてはならぬのであろう?」


 俊冬と俊春の問いに、ショックをうける。

 こん棒でぶん殴られたかと思えるほどのショックである。


 精神こころが、疼く。


 幼い子が親に尋ねているような、無垢な問い・・・。


 それだけではない。なにか、自分のなかの闇の部分を見透かされているようにも感じる。


 これまで、意識の奥底に閉じ込め、封印していた自分自身の心の闇を・・・。


「なにゆえ、なにゆえ、そんなことをきくのです?矛盾してますよね?あなたたちは、どれだけおおくの人間ひとを殺してます?どれだけおおくの人間ひとを、傷つたり穢してます?」


 動転し、動揺してしまう。

 そして、それはすぐに、怒りへとかわる。


 怒鳴ってから、すぐに後悔する。


 かれらは、一度たりとも自分たちのために他人ひとを殺したり穢したりしたことはないはず。


 以前、話してくれたことを思いだす。餓鬼の時分ころ、病で死にそうなときですら、他人ひとに迷惑をかけぬことだけを護ったといっていた。



「くーん」


 相棒が、みあげている。

 握り拳をゆるめ、その相棒の頭を撫でる。


「すみません」


 いいわけはしない。自分は、二人を傷つけてしまった。感情のおもむくまま、二人にそれをぶつけてしまった。


 それについて、いいわけはしたくない。


「武術と喧嘩は別だ。局長のおっしゃることは正しい。主計、おぬしの申すことも・・・。ゆくぞ、弟よ」


 俊冬の掌が、おれの肩に置かれる。

 着物を通してですら、その冷たさが感じられる。


「あの、「眠り龍」って、俊冬殿の二つ名なんですか?」


 このとき、自分の失態をよそに、そのことを口走ってしまう。

 これもまた、いらぬことにちがいない。


 二人は、すでに背を向けあゆみだしている。


 俊冬が、指が四本しかない方の掌をあげ、それをひらひらさせる。


 肯定なのか否定なのか、おれには判断できない。



 そのあと、双子の過酷な鍛錬は、2時間以上つづいた。


 相棒を抱きしめぬくもりながら、約束通りそれを眺めた。

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