異世界転生SFミステリーっぽい歴史ストーリー
大石は、おとなしくしている。ってか、人一倍、船酔いが激しく、寝込んだまま起き上がれなかったのである。
腹のたつやつではあるが、息も絶え絶え、桶に相貌を突っ込み、胃液をげーげーやってるのをみると、ほんのちょっぴり気の毒になる。
たぶん、三半規管が弱いんだろう。
その大石も、駿河湾がみえてきた時分には、甲板にでれるようになった。
双子、とくに俊春が、かいがいしく世話をやいてやったからである。嘔吐物の処理から、ツボのマッサージまで。
まさしく、神対応すぎる。
霊峰富士が、はっきりとみえる。雪をいただき、真っ赤に染まる富士山。燃えるような色である。
富士山を眺めることができるスポットは、関東周辺にたくさんある。
東海道新幹線の車内から、幾度もみたし、東京タワーやスカイツリーからもみたことがある。出張で飛行機をつかった際には、羽田空港からもみえた。
「富士山丸」からの、厳密には、駿河湾沖からの眺めは、最高である。
明日の朝から昼までの間に、品川に到着するという。
まさか、江戸にまでいくことになるとは・・・。
甲板に積み上げられた木箱の上に、相棒とともにのぼる。
そこで胡坐をかき、富士山を眺めている。
燃えるように赤かった空も、闇の色にとってかわる。
そのうつりかわりが、そこはかとなくせつなく、情緒深い。
句や詩でもたしなんでいれば、いいものができたであろうか。あるいは、絵心でもあれば、いいものが描けたであろうか。
俊春が、前甲板にいる。めずらしく一人で、欄干にもたれかかり、たそがれている。
先夜、篠原が俊冬をみて「眠り龍」とつぶやいたことを思いだす。
俊冬は、一度たりとも自分の二つ名のことをいったことはない。
「眠り龍」・・・。
それは、「三国志」にでてくる諸葛亮孔明の二つ名である。伏龍と、同様の意味をもつ。
まだ世にでていない逸材・・・。
俊冬は、半次郎ちゃんに「われを、起こすな」といい、大石を「北O神拳」で「ひでぶ」しようとしたときには、「わたしを、起こすな」といった。
まだ、隠された力を秘めていると?だとしたら、とんでもないことである。
ということは、俊春も、いまのところ本気モードではないのかも・・・。
「異世界転生して傭兵をやってます」どころか、SFチックに「殺人マシーン」か、あるいは、大予言チックに「終末の武器」になってしまう。
俊冬と俊春・・・。
おれたちのしっていることや、目の当たりにしていることとは、まったく異種の正体があるんじゃないか・・・。
なーんて、ミステリーチックな想像をして愉しんでしまう。
みるともなしにみていると、泰助が、俊春の名を呼びながら駆けよっていく。
「俊春先生、俊春先生っ」
甲高い声が、風にのって流れてゆく。
が、俊春は、よほど考えごとに夢中なのか、たそがれまくっているのか、それにまったく気がつく様子がない。
「先生?」
わざとじゃないのだろう。だが、泰助は、無視されまくって気を悪くしたようである。声のトーンが、どんどんさがってゆく。
そのとき、野村があらわれた。
呑気な表情で泰助の名を呼びつつ、二人のほうへと歩をすすめる。
野村がさらに歩をすすめ、遠間にまだ数歩のところにさしかかる。
その瞬間、俊春が、はっと弾かれたように振り向く。
その視線は、一足一刀の間合いをおかす泰助を通りこし、野村へとむけられているようである。
「俊春先生?かようなところで、どうされたのです?」
野村の呑気な声音。
「あ、ああ、風にあたっていただけだ」
俊春の、かたい声音。
「ひどいや、俊春先生。幾度も呼んだのに・・・」
泰助の抗議。まぁ、気持ちはわかるな。
「これは、すまぬことを・・・。江戸に着いたら、みなに、なにを馳走しようかと、考えに夢中であったのだ」
心底、ごめんなさい的な俊春の声。泰助のまえで両膝を折り、視線をあわせつつ詫びる。
「え?誠に?なにかうまいものを、おごってくれるのですか?」
ちゃっかり者の泰助の、うれしそうな声。
こちらに背を向けているのでわからないが、瞳がきらきら輝いているであろう。
「嘘ではないぞ。あいにく、わたしは小者なので給金がすくないが、一応、隊士ということになっている主計は、分不相応なほど給金をもらっている。かようなことを、「給金泥棒」というのであるが、その主計が、おごってくれる」
おれはきっと、前世で俊春に「とんでもないこと」をしてしまったにちがいない。
そうでないと、いまの超絶ぼろかすなことなど、いえるわけない。
「給金泥棒」なんて、ひどすぎる・・・。
それに、なにゆえおれが?
「泰助は、日野だったな。ならば、ひさしぶりに江戸の蕎麦か?それとも、寿司やてんぷらか?たまごふわふわ、もうまいぞ」
「うわー、寿司がいいなぁ。たまごふわふわ?局長の大好物だって、叔父上がいってました。叔父上が、「日野に戻ったら、食べに連れていってやる」、と・・・」
「そうか・・・。井上先生が・・・。局長の大好物とは、しらなかった」
webで、それが局長の好物だとしった。
でっ実際、「クックOッド」のレシピを参考に、レンチンで試してみたことがある。
卵白の泡立てが足りなかったのか、あるいは、レンチンよりちゃんとした蒸し器のほうがよかったのか・・・。
残念ながら、ふわふわにはならず、しぼんでしまった。
もったいないので食べたが、だしがきいて、って、「だしO素」だが、兎に角、味は悪くなかった。
その歴史は古く、三代将軍家光が、後水尾天皇を饗応した際にだした一品といわれている。
「よしっ、局長や副長、先生方も誘って、みなでゆこう。ふわふわたまごや寿司をだす、うまい店をしっているのでな。主計に話しておく。いくらでも、おかわりができるぞ」
「やったー」
泰助は、その場でぴょんぴょんと飛び跳ね、じつにうれしそうである。
「おおっ、それは愉しみな。ゴチになります」
そして、誘われてもないのによろこんでる野村。
しかも、略語まで駆使して。
ってか、なんで薄給のおれが、おごらねばならない?
ってか、勝手に話をすすめるなー。
俊春は、おれがここにいることをわかっている。泰助を元気づけ、よろこばせるため、わざといっている。
叔父である井上との思い出のために・・・。
たぶん、だけど・・・。