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決戦!床磨き

「相棒、駆けろ(ラン)っ!」


 指示に、相棒が甲板上を駆けまわる。黒色の肉球が、いたるところにサインされてゆく。


「うわーい」


 なにゆえか、それに興奮する子どもたち。止めるまもなく、われさきに草履を脱いで箱に入り、相棒とともに駆けまわる。


「うそであろう?」


 この惨状に、呆然とつぶやく副長。


「双子先生、鍛錬しまくってください」


 他人事のように、おすすめする野村。


「われらは、幼少のみぎり、寺で小坊主もしておった・・・」

「はいはい、わかってますよ、俊冬殿。寺より、艦上ここのほうが、よほど拭き甲斐があるでしょうね」


 苦笑しつつ、突っ込む。


「くそったれ!こうなれば、勝負だ。おいっおめぇら、なに笑ってみてやがる。体躯動くやつぁ、やるんだよっ」


 副長は、新撰組うちの軽傷の隊士たちをも、引きずり込もうとする。が、みな、急にあっちが痛いだのこっちが痛いだのといいだす始末。


「ならば、わたしが」


 局長が、名乗りをあげてくれる。


「局長、やめてくれ。なんかあったら、ことだ」

「なにを申す?たかが・・・」

「いいから。これは、真剣な勝負だ」


 その時点で、いやーな予感がする。


 真剣な勝負・・・。


 それが世界一似合わない男の口から飛びだした、という時点で・・・。



「あ、ああ・・・」


 勢いに負けてしまう局長。


 その様子を、へらへら笑って呑気にみている野村。そして、すでによんでいるであろうポーカーフェイスの双子。


 かくして、「甲板の足形をきれいに拭き取ろう杯」の幕が、きっておとされる。


 結局、副長、双子、野村におれの勝負となる。


 袴の相引を後紐にねじりこみ、草履を脱いで裸足になる。手拭を水桶からとりだし、かたく絞る。それから、横一列に並ぶ。


 ブリッジのまえから船首あたりまで。それを何往復できるか、である。


 高校の部活で、道場を雑巾がけして以来のこと。大学も警察の道場も、モップがけしていた。


 気合を入れねば・・・。しかも、相棒と子どもたちが、これでもかというほど炭で肉球や足形をつけまくっている。



「はじめっ」


 榎本の号令で、いっせいにスタートする。


「おっ、飛び魚が飛んでるぞ」


 開始してまだ5メートルも達していないところで、副長のが炸裂する。


「ええっ?」


 かなりベタなにひっかかった野村が、副長にしかみえぬ飛び魚みたさに急停止する。


 もちろん、双子とおれは、そんな幼稚なにひっかかるわけもない。ぐんぐんと野村を引き離す。


「ちいっ!」


 副長の舌打ちが、耳をうつ。


「てめぇら、魚が飛ぶんだぞ。みたくねぇってのか、ええ?」


 ぐんぐん突き進みながら、副長が息を弾ませながらいう。


 すでに舳先ちかくまできている。背後で、またしても相棒と子どもらが汚しまくっている。


「われらは、海人うみんちゅだけでなく、船上でも魚を獲っておりました。飛び魚は、いやというほどみております」


 双子は、すでにターンしている。そういった俊冬の声は、弾むことなくいつもとおなじである。すでになん往復もしているのに・・・。

 さすがの持久力である。


「おれも、ありますよ」


 映像で、と心中でつけたす。


「っていうか、こっからみえるほど飛びませんよ。ひっかかるのは、利三郎くらいでしょう」


 ターンしつつ告げる。じゃっかん息が弾んでいるのを、自覚する。



「ちいいいいっ!おおっとすまねぇっ、脚がもつれちまったああああっ」


 ビリの副長とすれちがおうとした瞬間、副長が叫びながら肩ごとぶつかってきた。


 が、なにゆえか、それをよむことができた。ゆえに、その場でカエルみたいにジャンプしてかわす。


 が、なにゆえか、この(・・)副長が、それをよんでいた。


「すまねえっ、つぎは眩暈だ」

 

 着地しかけたところに、なんと、ごろごろ転がってくるではないか。


 これはさすがに、「カメOメ波」を放って着地点をかえる以外にない。だが、おれにそれができるわけがない。


 それでも、体をひねり、衝突するのだけはまぬがれる。


「くそっ!しぶとい野郎だ」

「なにを申されるんです。そんなセコイまでつかって、勝ちたいんですか?」

 ふと、セコイって通じるのかと脳裏をよぎったが、すでに口からでてしまっている。


 そうだ。たしか、セコイというのは、これより後、明治期の芸人の間でつかわれた言葉。徳島県の方言でもある。もっとも、方言は、意味が異なるが。


「負けませんよ。あなたのパワハラやモラハラに、負けるもんか」


 宣言すると、そのまままた突き進む。


「まちやがれっ!」


 副長の怒声。ちらりとうしろを向くと、副長は、その場から追いかけてくる。つまり、折り返し地点までいってない。


 わざとだ。わざとにきまってる。


 相貌かおを上げると、双子はすでにターンをし、こっちに向かってくる。


 それにしても、息があがってしまってる。さすがに、雑巾がけ、しかも、ダッシュはきつい。いつもと違う筋肉をつかってるので、明日には筋肉痛になるかも。

 ってか、いつもつかってる筋肉ってあるのか?という疑問もなくもない。


 さっき、俊冬が「鍛錬に」、みたいなことをいっていた。

 かれらは、なんでも鍛錬にしてしまうというわけか。


 そういえば、「ジャッOー・チェン」の昔の映画や、「カラテ・キOド」などで、洗濯や洗車が功夫や空手の基礎の訓練になっている、というシーンがあった。主人公は、半信半疑で洗車や洗濯をし、いざというときに、その力を発揮するわけである。



 そうこう考えているうちに、俊冬が右側を、俊春が左側を、すりぬけてゆく。その瞬間、それぞれみえる側の口角が上がる。


「きやがったな、俊冬、俊春」


 直後、副長の叫び。

 副長が、すぐまうしろに迫っていたんだ。ちょっと意外に思う。

 セコイは抜きにしても、一応、雑巾がけできるだけの持久力はあるんだ。


「おおっとおおおお!またしても脚があああっ」


 またでたっ!思わず、脚を止め、振り返る。


「ぎえええっ」

 みっともない叫びをあげてしまったが、副長が寝ころんだ状態でこちらにごろごろと転がってくるのだから、驚くなというほうがおかしい。


 双子はもちろん、よんでいる。同時に、ジャンプして副長をかわす。

 柔軟な四つ脚の獣のごとく、ひらりと宙を舞い。音もなく着地。

 その四つ脚の姿勢が、なにゆえか、リアルな狼のようにみえてしまう。


 双子は、なにごともなかったかのように船首へとむかう。


 が、おれはちがう。かたまっている。

 ごろごろ転がってくる副長が、自分に衝突することがわかっているが、体が動かない。


 激突。スピンのかかった副長の体は、いとも簡単におれをふっ飛ばしてくれた。


 ちーん・・・。


「やっぱり主計さんって、どんくさいよね」

「うん。ちがうよね、やはり」

「おもしろいよね、主計さんって」


 いまはもう、足形をつけるのに飽きた子どもたちが、甲板上で突っ伏しているおれを囲み、容赦ない批評をしている。


 かろうじて相貌かおをあげると、回転しすぎてをまわした副長が、局長に抱きかかえられている。その横で、にこにこ相貌がおの榎本が、「やっぱり、土方君だねぇ。最高だ」、と謎オシしている。


「相棒?」


 不意に、陽光がさえぎられる。真上をみると、相棒がお座りしておれをみおろしている。


 右脚があがり、おれの右頬に添えられる。

 

 ああ、相棒。おれを慰めて・・・。


「あはははは。かわいいー。主計さんの頬に、肉球がついた」


 わく子どもたち。


 ああ、相棒。おれを慰めてくれたんじゃないんだ・・・。



 結局、甲板全部、双子がきれいにしてしまった、らしい。


 かれらにしてみれば、この出来事は「迷惑千万」以外の、なにものでもなかったであろう。


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