主計 子どもたちに非難される
海風はつめたいものの、揺れはすくなく、いたって快適である。それでも、船酔いに苦しむ者もすくなくない。
船酔いのひどい者は、船室として代用している船倉で撃沈状態である。
横に桶をおき、吐くものもないので、胃液をげえげえやっている。
みていて、こちらが辛くなってくる。
双子は、もちろん「経O秘孔」ではないが、指圧もおてのものらしい。
そういった船酔いした者だけでなく、調子の悪い者のツボを押圧してまわる。
その効果は、驚くべきもので、みな、起き上がって甲板にで、海風にあたれるほどになった。
小学校の遠足のとき、担任の先生からバスに酔わない秘訣を教えてもらったことがある。
耳のうしろを指でぐりぐりする、というものである。以降、バス以外でも、長時間乗るとかめったに乗らないものに乗るまえには、かならずそれをやっている。
そのおかげで、乗り物酔いとは無縁である。
それは、大人になったいまでもつづいていて、今回もことあるごとにぐりぐりやっている。
それが翳風というツボで、内耳や自律神経に関係するツボであることを、双子に教えてもらってはじめてしった。
双子はそれだけでなく、艦の賄方とともに食事をつくり、それを配りあるき、肥田や榎本に呼ばれて頼まれごとをされたり、艦の乗組員とスキンシップをとったり、艦内の掃除をしたりと、ちっともじっとしていない。
本日も快晴。この調子なら、夕方には駿河湾にいたるということである。
青い空をみあげて伸びをしていると、双子が甲板を磨いているのが視界に入る。
水桶で雑巾を洗いつつ、這いつくばってせっせと磨いている。
「双子先生って、誠に働きものだよね」
「うん。いつもだれかのために働いてるよね」
「そうだよ。だれかさんとはちがうよね」
泰助、銀、鉄が、これみよがしに叫ぶ。
それから、伸びをしているおれに、いっせいに視線を向ける。
「ええ?なにゆえ?おれだってちゃんと手伝ってるじゃないか?ついいましがたまで食器を片付けてたし、傷病人の手当てだって・・・」
子ども相手にムキになるおれ・・・。
「だったら、利三郎なんかどうなるんだよ?あいつこそ、のらりくらりといいわけばっかして、なんにもしてないじゃないか?」
そして、子どもっぽく他人をやり玉にあげるおれ・・・。
「そういうのって、意識の問題だよ、主計さん」
「そうだよ。他人は他人、自身は自身」
「うん。他人がこうだからっていうのは、いいわけだよね」
鉄、銀、泰助の順に叫び、いっせいに白い瞳でみる。
脚許からも視線が・・・。
相棒まで、「いいわけすんな」的な視線を向けてくる。
「なに、餓鬼どもに諭されてんだ、おめぇはよ」
うしろからぶちのめしてくる、副長の指摘。
「はははっ!主計、男らしくないよな。そこは、びしっといい返さねば」
うしろから、呑気なってか、「おまえがいうか?」的なアドバイスを送ってくる野村。
「おまえがいうなよ、利三郎。おまえこそ、なーんもやってないだろう?」
「わたしは、船酔いだった。船など、生まれてはじめて乗ったので、どうにも気持ちが悪くて・・・」
にやにや笑いつつ、男らしくないことを堂々とのたまう。
いつもだったら、やり返してやりたいところである。が、艦上であるということが、かれ自身の将来に起こることを連想してしまい、複雑な気分に陥ってしまう。
「わかった。手伝うよ。いい訳もごまかしもなし。男らしく、床磨きを手伝う」
マジな表情で、マジに告げる。
来年、野村は宮古湾で戦死することになっている。「ストーンウオール」号という艦の上で。
いや、厳密には、死んだところはみられていない。新政府軍のその艦に接舷して乗り込み、そこに取り残されるのである。
「ええ?なんだか気味が悪いな」
野村は、肩透かしを喰らったかのような表情でこちらをみている。
が、副長はなにかを感じとったらしい。
「ならば、みなでやろう。いい訳やごまかしは抜きだ。おい、餓鬼ども、ゆくぞ」
副長は、野村の肩をぽんと叩くと、さっさとあるきだす。
「ええー!」
子どもらと野村が、同時に叫ぶ。
「「ええー」じゃねぇ。さっさとしやがれ」
副長を慌てて追いかける、子どもらと野村。
「いこう、相棒」
おれも、とぼとぼとあとを追う。
局長と野村は、死んでしまう。
頭のなかに、またしても「死」という文字が、浮かび定着する。
どうにかせねば・・・。
焦燥が、精神を支配する。じわじわと浸透する。
そして、蝕みつつある・・・。
副長は、双子の傷だらけの相貌をみても、とくになにもいわない。局長が事情を話したわけではないだろうが、なにかを察したにちがいない。
それは、子どもらも同様である。子どもらは、ときとして勘が鋭くなる。
だが、野村はちがう。野村がなにかいいかけたとき、副長がそれを阻止するかのように問う。
「俊冬、俊春、おれたちも手伝う。手拭いはあるか?」
「いえ、副長。これは、結構きついものです。寺の坊主と同様、修行のようなものです。われらも、鍛錬のために・・・」
俊冬がいいきらぬうちに、副長は掌を伸ばすと俊冬の頭をぽんぽんと叩く。
「わかってる。体躯、動かすにはうってつけだ。餓鬼ども、競争だ。だれが一番、きれいにおおくできるかな」
副長の提案。
それは、この艦上の空気を、すこしでも明るくしようという配慮。その証拠に、周囲にみなが集まってくる。
「よお、土方君。いってぇ、なにがはじまるってんだい?」
そして、「ながあああああああい、お付き合い」の榎本までやってきた。
局長もいっしょである。
「みりゃわかるでしょ、雑巾がけです」
ぶっきらぼうに応じる副長。
それにしても、副長は、なにゆえ榎本をここまで毛嫌いするのか?
「ああいう西洋かぶれの、これみよがしに洒落者ぶってるやつぁ、ろくな奴じゃねぇ」
そのようにいっていた。
が、そんな理由だけで、ここまで毛嫌いするのか?
これだったら、あのおねぇにたいしてのほうが、まだ友好的に接していたのではないかとさえ思う
「だったら、いい考えがある。兼定、ほれ、脚にこれをつけるといい」
さらに、肥田艦長がやってきた。掌に、一抱えある箱をもっている。のぞきこむと、石炭のかすが入っている。
箱を、床の上に置く。箱は、相棒の四肢が入るくらいのおおきさがある。
相棒は、素直に従う。
なるほど・・・。
突如、はじまりそうなイベントに、おれものってみることにする。