表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

414/1255

兄弟喧嘩

 兵庫、それから紀州由良港で敗残兵をのせ、「富士山丸」は江戸へ向け航行している。


 船で東へゆくのは、生まれてはじめてである。


 大阪から九州や四国にゆくのは、何度かフェリーに乗ったことがある。それも、最近では新幹線か夜行バス、あるいは、飛行機をつかった。

 それは東も同様で、たいていは新幹線をつかう。



 船倉の一つを開放し、傷病人以外はそこで眠っている。なかには、通路などでごろ寝している者もいる。さすがに、甲板となると、このくそ寒いなか、海風にあたっていられないはず。配給された毛布一枚では、とてもじゃないが、無理だろう。


 船倉に、どのくらいの人数がいるのであろう。


 みな、体をまるめて寝転がっている。ゆったりとした姿勢で眠るスペースはない。



 息が詰まりそうである。

 相棒を連れ、甲板にでてみることにする。


 狭い通路には、ところどころカンテラが吊るされている。梯子段をのぼってゆく。


 犬には、のぼりはいいが下りはむずかしい。それでも、相棒は、器用にのぼりおりしている。


 甲板へとつづく、木製の扉を開ける。

 風がきついのか、それは重い。両掌に力をこめ、力いっぱいおしてやっと開く。


 最低限の光。だが、頭上に月がのぼっており、満天の星空がひろがっている。


 人間ひとの気配を感じる。


 こそこそするつもりはないのだが、なにゆえか、こそこそしたくなる。

 扉をそっとしめ、気配のするほうへこっそりちかづいてゆく。


 その途中、不意に綱がひっぱられる感触が・・・。


「相棒?」


 その場に四肢を踏ん張り、動こうとしない。


「どうした?みまわるだけだ。なにもやましくない」

 と、なにゆえかいい訳じみたことを口にだしてしまう。


「ふんっ」

 相棒が、鼻を鳴らす。


 ううっ・・・。ちかいうちに、コンビ解消をいいわたされるかも・・・。


「笑いの一つもとれへん芸人は、さっさとやめて田舎にかえったらええねん」


 そして、翌日には、「どうもー。あたらしい相方ですねん」って、俊春が綱を握ってるとか?


 そんな絶望的なシーンを思い描いていると、なにごともなかったかのように、相棒がまたあるきだす。


 慌てておいかける。


 気配は、船尾である。

 ここにも、灯火はない。だが、周囲が真っ暗な分、月光があかるく感じられる。



 船体が波をきる音が、耳に心地よい。


 寒風は、ふね的には追い風、おれ的には向かい風。つめたい風が、もろに相貌かおと体にあたる。


 隠れるのに、いやいや、風よけにちょうどいいところがある。

 人間ひとのおおきさくらいの木箱である。そのかげに両膝を折り、頭だけだす。


 気配は、双子である。


 二人とも軍服の上着を脱ぎ、シャツ姿である。


 俊春は、こちらに背を向けているが、手拭で目隠しをしている。そのかれより、7~8mほど間を置き、俊冬が立っている。


 俊冬は、掌に槍のような細長い棒を握っている。

 槍のような、というよりかは槍がわりなのだろう。


 通常、槍の練習にはたんぽ槍という練習用の槍を用いる。細長い棒の片方の先端に、タンポがついている。それにより、あたっても衝撃がすくない。


 が、俊冬のもつ棒に、タンポはついていない。


 双子のことである。おれたちに気がついているはず。それでも、なにゆえか隠れていたい。っていうか、なにゆえか邪魔をする気になれない。


 俊冬の気が消える。同時に、槍がわりの棒で突きまくる。


 それは、原田よりすさまじく、はやい。


 俊冬のくりだす棒を、紙一重でかわす俊春。

 どちらも、さすがである。


 が、しばらくつづいたのち、俊春のどこかに棒の先端がヒットしたようだ。 

 俊春の上半身がぐらつく。が、俊冬は、容赦なく攻めつづける。


 鬼気迫る、とはこういうことをいうのか・・・。


 よけきれぬ俊春を、棒で容赦なく打ちすえる俊冬。



 あの俊春が、散々に打たれるなんて・・・。

 いや、それ以前に、かれらでも鍛錬するんだ、と当然のことがめずらしく思えてしまう。


 双子なら、もって生まれた才能とかセンスとかだけで、強いのかと錯覚してしまう。


「このくらい、よけきれぬのか?無理だ。もうやめておけ」


 ささやき声が、寒風にのって流れてくる。


「いえ、やれます」


 そして、俊春の苦し気な声も。


 俊春の片膝が、床に落ちる。それでも、俊冬は打ちつづけている。


「やれます。やらねばならぬのです」


 俊春は、相貌かおを床に向け、槍でぶっ叩かれながら幾度もおなじことを繰り返す。


「くーん」

 相棒が、たまりかねたように甘えた声で訴えてくる。


 だが、おれに、なにができる?


「足手まといだ。これ以上、いても役に立たぬ」


 俊冬は、弟をぶちのめしながら囁く。わざと、気丈にふるまっているかのようにも感じる。


うるさいっ(・・・・・)やれるといって(・・・・・・・)るだろうっ(・・・・・)!」


 一瞬、そのおし殺した言葉に、違和感を覚える。


 そのとき、相貌かおをあげた俊春の掌が、振り下ろされた棒の先端をつかむ。


 しかし、俊冬は、あっさり棒から掌をはなし、拳で俊春の相貌かおを殴りつける。


 吹っ飛び、手すりに背をうちつける俊春。俊冬は、その俊春を床に押し倒すと馬乗りになる。


「おまえなど、消えてなくなれ」


 馬乗りになったまま、俊春を殴りつづける俊冬。俊春も、必死に抵抗する。 やみくもに拳を振り上げている。そのいくつかは、俊冬の体や太腿ヒットしている。


 なにこれ?餓鬼の喧嘩じゃないか・・・?


 どちらにしても、かなり派手にやりあってる。とめなきゃ・・・。


 立ち上がろうとしたとき、肩にあたたかいものがふれた。思わず、悲鳴をあげそうになる。


「ただの兄弟喧嘩。気のすむまでやらせたほうがよい」


 み上げると、バックに月をいただく局長のごつい相貌かおが・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ