生きるための別れ
「山崎君、歳が一番つらいのだ。無論、わたしも。だが、わたしも、歳の申す通りだと思う。わたしたちは、おぬしに生きていてもらいたい。この将来、この国がどうなろうと、新撰組がどうなろうと、おぬしや林君、総司や平助、吉村君、生命と気力のある者には、生きてこの将来をみ、われわれの思いを繋げてほしい・・・」
局長は、太い腕を山崎の震える肩にまわし、自分にひきよせる。
どきりとする。
小説などで用いられる、「心臓が飛び跳ねる」という表現にぴったりなほど・・・。
局長の将来のことを、まだだれにも話していない。
局長は、そのことを予想しているのであろうか・・・。
「山崎、林を頼む。おめぇも、脚がよくなりゃ、総司や平助とともに、なんかできるだろう。二人も、喜ぶはず・・・」
「副長・・・」
山崎は、なにかいいかけ、やめてしまう。
「山崎先生、あなたには到底およばずとも、この主計が間者として、副長の耳朶となり、手足となります」
「ちょっ、俊冬殿、到底およばずともって、どういう意味なんです?」
俊冬にのっかり、わざとすねたように突っ込む。
山崎のまえに膝を折り、かれの右の拳を握る。
「間者やこまごまとしたことは、俊冬と俊春に任せておけばいい。そうであろう、主計?」
山崎の、泣き笑いの相貌。
左掌をのばし、おれの瞳から落ちる涙を指先で拭ってくれる。
「山崎先生まで、そんな・・・。ええ、そうですね。おれは、かれらのいじられ役ですから。かれらなら、局長と副長を、あなたにかわって補佐してくれます」
「否、おぬしもな、主計。おぬしとかれらでかえてくれる。この将来を。起こるはずの運命を、あるいは、起こるはずのない奇跡を、おぬしらが、奇想天外な策でかえ、起こしてくれる・・・」
頬を撫でる山崎の掌のぬくもり・・・。
いろんな想いが、その掌にこもっている。
このぬくもりに、想いに、おれは応えられるのか・・・。
涙でかすむ瞳を掌でこすり、プレッシャーをはねのけ、精一杯の笑顔をつくる。
「あの・・・。副長、旦那方・・・」
それまで、部屋の入口脇にひっそりと佇んでいた鳶が、おずおずとちかづいてくる。
「副長、旦那方、お役所より暇をだされたわたしをひろっていただき、感謝しております。みなさんによくしてもらって、恩を仇で返すようですが、山崎先生と林先生を、丹波まで送り届けさせてもらえないでしょうか」
副長が、はっとしたようにおれと双子に、視線をはしらせる。
「戦はおっかなくて、とてもじゃありませんがお役に立ちそうにありません。それでしたら・・・」
副長は、しどろもどろに告げる鳶を、片掌をあげて制する。
わかっている。鳶は、臆病風にふかれていっているわけではない。
山崎や林、そして、おれたちに気を遣わせないよう、いっているのである。
「わかってる、鳶。正直、二人で丹波に、というのも無理な話。だれかに、同道を命じるつもりだった。鳶、おぬしなら、このあたりのことをよくしってる。おれのほうから頼みてぇ」
「副長・・・」
鳶は、着物の袖で鼻を拭い、つづける。
「山崎先生は、わたしをかばってくれました。わたしが、足手まといにさえならなければ・・・」
「否、それは違う、鳶。わたしのほうが、つきあわせて・・・」
「やめねぇか、おめぇら。かようなことは、どうだっていい。鳶、おめぇには、いろんなことで世話になった。もともとは、俊春のところの目明しだったな?すっかり忘れちまってた。ずっとともにいてくれてる、とばかり思ってた。鳶、これまでのこと、心から礼を申す。どうかこのとおり。山崎と林を頼む」
副長は、そういって頭を下げる。
鳶が慌てふためき、「頭をあげてください」といっても、しばらく下げたままだであった。
双子も同様に感謝を述べ、別れを惜しむ。
山崎、林、鳶、それから、二頭の馬「豊玉」と「宗匠」は、兵庫で下船した。
「生きよ」・・・。
これが、井上や局長の願い。
きっと、その願いや想いに従ってくれる。
おれたちは、かれらの乗る小舟に、いつまでも掌を振りつづけた。