表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

413/1255

生きるための別れ

「山崎君、歳が一番つらいのだ。無論、わたしも。だが、わたしも、歳の申す通りだと思う。わたしたちは、おぬしに生きていてもらいたい。この将来さき、この国がどうなろうと、新撰組がどうなろうと、おぬしや林君、総司や平助、吉村君、生命いのちと気力のある者には、生きてこの将来さきをみ、われわれの思いを繋げてほしい・・・」


 局長は、太い腕を山崎の震える肩にまわし、自分にひきよせる。



 どきりとする。

 小説などで用いられる、「心臓が飛び跳ねる」という表現にぴったりなほど・・・。


 局長の将来さきのことを、まだだれにも話していない。


 局長は、そのことを予想しているのであろうか・・・。




「山崎、林を頼む。おめぇも、脚がよくなりゃ、総司や平助とともに、なんかできるだろう。二人も、喜ぶはず・・・」

「副長・・・」


 山崎は、なにかいいかけ、やめてしまう。


「山崎先生、あなたには到底およばずとも、この主計が間者として、副長の耳朶となり、手足となります」

「ちょっ、俊冬殿、到底およばずともって、どういう意味なんです?」


 俊冬にのっかり、わざとすねたように突っ込む。


 山崎のまえに膝を折り、かれの右の拳を握る。



「間者やこまごまとしたことは、俊冬と俊春に任せておけばいい。そうであろう、主計?」


 山崎の、泣き笑いの相貌かお


 左掌をのばし、おれのから落ちる涙を指先で拭ってくれる。


「山崎先生まで、そんな・・・。ええ、そうですね。おれは、かれらのいじられ役ですから。かれらなら、局長と副長を、あなたにかわって補佐してくれます」

「否、おぬしもな、主計。おぬしとかれらでかえてくれる。この将来さきを。起こるはずの運命さだめを、あるいは、起こるはずのない奇跡を、おぬしらが、奇想天外なでかえ、起こしてくれる・・・」


 頬を撫でる山崎の掌のぬくもり・・・。

 いろんな想いが、その掌にこもっている。


 このぬくもりに、想いに、おれは応えられるのか・・・。


 涙でかすむを掌でこすり、プレッシャーをはねのけ、精一杯の笑顔をつくる。



「あの・・・。副長、旦那方・・・」


 それまで、部屋の入口脇にひっそりと佇んでいた鳶が、おずおずとちかづいてくる。


「副長、旦那方、お役所より暇をだされたわたしをひろっていただき、感謝しております。みなさんによくしてもらって、恩を仇で返すようですが、山崎先生と林先生を、丹波まで送り届けさせてもらえないでしょうか」


 副長が、はっとしたようにおれと双子に、視線をはしらせる。


「戦はおっかなくて、とてもじゃありませんがお役に立ちそうにありません。それでしたら・・・」


 副長は、しどろもどろに告げる鳶を、片掌をあげて制する。



 わかっている。鳶は、臆病風にふかれていっているわけではない。

 山崎や林、そして、おれたちに気を遣わせないよう、いっているのである。




「わかってる、鳶。正直、二人で丹波に、というのも無理な話。だれかに、同道を命じるつもりだった。鳶、おぬしなら、このあたりのことをよくしってる。おれのほうから頼みてぇ」

「副長・・・」


 鳶は、着物の袖で鼻を拭い、つづける。


「山崎先生は、わたしをかばってくれました。わたしが、足手まといにさえならなければ・・・」

「否、それは違う、鳶。わたしのほうが、つきあわせて・・・」


「やめねぇか、おめぇら。かようなことは、どうだっていい。鳶、おめぇには、いろんなことで世話になった。もともとは、俊春のところの目明しだったな?すっかり忘れちまってた。ずっとともにいてくれてる、とばかり思ってた。鳶、これまでのこと、心から礼を申す。どうかこのとおり。山崎と林を頼む」


 副長は、そういって頭を下げる。

 鳶が慌てふためき、「頭をあげてください」といっても、しばらく下げたままだであった。


 双子も同様に感謝を述べ、別れを惜しむ。



 山崎、林、鳶、それから、二頭の馬「豊玉」と「宗匠」は、兵庫で下船した。



「生きよ」・・・。


 これが、井上や局長の願い。


 きっと、その願いや想いに従ってくれる。



 おれたちは、かれらの乗る小舟に、いつまでも掌を振りつづけた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ