山崎と林
二人と一頭で、船室へとつづく狭い階段を降りてゆく。
船室は、傷病人優先。さほどおおくない船室に、傷病人が寝かされている。
「富士山丸」は、スループ船である。
幕府の依頼で、ニューヨークで竣工された。乗員は、120名以上。れっきとした軍艦である。
残念ながらミリオタではないので、これが大規模なのか小規模なのかすらわからない。
乗船し、うれしがりみたいにひとまわりしてみて、湖や湾内をクルーズする観光船っぽい印象をもった。
山崎と林は、ほかの隊士二人とともに、船室を一つあてがわれている。
局長とともに、その船室に入る。副長と双子と鳶が、船室内に立っている。
せまいせまい船室である。両脇に、二段ベッドがある。
現代のフェリーのつくりつけのベッドと違い、木製ということに驚いてしまう。もちろん、カーテンでプライバシーが確保されるということもない。
昔、友達の家にあった、木製の二段ベッド。端のほうに三、四段の梯子がついている、というやつ。それのスリムサイズが、そのまんまでんと置かれている。
日本人のサイズに合わせているのか?長さや幅は、かぎりなくみじかくて狭い。
山崎は兎も角、林は、脚がベッドから飛びだしている。
「山崎先生、林先生、お加減はいかがですか?」
片方のベッドは、どちらもカラである。
副長が、同室の隊士たちに、外の空気を吸いにいくようすすめ、久吉が付き添ってでていったらしい。
「ああ、狭くて息苦しいという以外は、どうということはない」
山崎は、起き上がっている。局長が、その横に腰掛ける。
「だいぶんと、マシになった」
とは、林。
まだ、起き上がることはできない。
やはり、これでは船旅は無理である。
横になったまま、こちらに相貌だけ向け、弱弱しく微笑む林。
双子は、どちらも上着を脱いでシャツ姿。鳶は、尻端折り。
「富士山丸」に船医はいるが、すべてに精通しているわけではない。
実質、双子と鳶が傷病人の様子をみ、包帯をかえたり薬の用意や指示をしている。
いまも、二人の様子をみたばかりのようだ。
「林、たしか、紀伊出身だったな?」
副長は、気まずい雰囲気のなか、ようやくきりだす。
「身内は?故郷にいるのか?」
返答のないまま、問いを重ねる。
「・・・。わたしは、紀州藩を脱藩いたしました。ある事情で・・・」
「林、新撰組は、過去は問わねぇ。わかってるだろう?たとえ、紀州藩主を殺って逃げてきたっつってもな」
「いや、歳・・・、それはそれでおおごと・・・」
「かっちゃ、いや、局長、たとえ話だ。だまっててくれないか?」
「すまぬ・・・」
局長のごつい肩が、がっくりと落ちる。
「くーん」
その足許により添う相棒。
セラピードッグ。
相棒は、いまや「強面セラピードッグ」として、この「富士山丸」で絶賛活躍中である。
「副長・・・」
林は、ちいさく溜息をつく。
「お役に立てぬまま、足手まといになってしまいました。申し訳ございません。わかっています。わたしを、紀伊でおろしてください」
最後のほうは、涙声である。
局長が、嗚咽をもらす。
「気がついてるだろう?主計は、将来のことをしってる。これから、戦につぐ戦になる。足手まといって意味じゃねぇ。誠を、おれたちの誠をしる者に、それをつぎに繋げてもらいてぇ。これも、立派な任務だ」
副長の声も震えている。一息入れ、つづける。
「でっ、紀伊に隠れるところはあるか?紀州藩も、いまは味方してくれてるが、このさき、どうなるかわからねぇ」
「いえ、あいにく、わたしは天涯孤独。頼れる知己もございません。ですが、なんとかなります」
副長は、心中で毒づいただろう。
頼る者もなく、ゆくあてのない重症の林を、放りだすわけにはいかない。
「副長、やはり丹波へ。馬たちとともに」
俊冬が、耳打ちする。
「それしかねぇな・・・。山崎、林を連れ、おたかさんの故郷の丹波へゆけ」
「おたかさん?」
局長とハモッてしまう。
「義母の名です」
冷静に教えてくれる俊春。
「菅井Oん」似の、双子の義母である。
いや、なんで副長が、その名をしってる?
原田が双子の義姉の名をしっているのにも驚いたが、副長がなんで?
「山崎、きいてるのか?」
山崎から返答がないのを、副長が鋭く咎める。
きいていないわけではない。
山崎も林とおなじく、予見していたのであろう。
局長の隣で、両腿の上の握り拳に、視線を落としている。
そのこぶりの肩が、いや、全身が、小刻みに震えている。