「ドはトーナッツのドかいっ!」
すごい。大阪湾ってこんなにすごかったのか・・・。
「すごいぞ、すごい」
うきうきし、「サウンド・オブ・Oュージック」みたいに両掌をひろげ、甲板をくるくるまわってしまう。
潮風が心地いい。まぁ、かなり冷たいが。
「富士山丸」の甲板からの眺めは、壮観である。
右斜め前方には、六甲山。うしろには生駒山や金剛山。遠く、紀伊山系、さらには石鎚山系まで・・・。
こんなんだったんだ。
「やはり、おかしいよね、主計さん」
「うん。先生たちのいうとおりだよね」
「兼定、主計さんと一緒にいたら、馬鹿がうつるよ」
子どもらのひそひそ、いやいや、フツーの話し声が、おれの「サウンド・オブ・Oュージック」の海バージョンの気分を萎えさせる。
「おいおい、かようなことをいうものではないぞ、おまえたち」
と、そこへ局長がやってきた。甲板上でぼーっと立っている「豊玉」と「宗匠」にちかづくと、二頭の馬面を撫でてやる。
「富士山丸」は、傷病人が乗船している。「順道丸」には、船医がいないうえに、そういった環境が整っていないからである。とはいえ、「富士山丸」も充分ではない。
双子は、いつ、どうやって調達したのであろうか、医療機器、というか医療道具を揃え、積み込んでいる。正直、「富士山丸」の船医より知識や技術、経験があるようだ。
ただ、大石とその手下だけは、どうするか迷ったようである。
本来なら、大石は永倉ら傷病人でない隊士と一緒に、「順動丸」に乗船するはずだった。
が、航海中、先日のようなことがあっては、大石自身の生命が危ない。
永倉や原田、斎藤は、つぎになにかあれば、躊躇わず斬るであろう。もちろん、勝負の上で。
永倉も原田も斎藤も、腕をあげている。たぶん、おれも。双子の影響なのかもしれない。
大石なら、あっという間に斬られてしまう。
ゆえに、「富士山丸」に乗船している。
これはなにも、大石をかばってのことではない。永倉らの為である。いくら一騎打ちの結果であったとしても、局長や副長のいないところで殺ったとなれば、局長や副長はなんらかの処断をくださねばならない。それがたとえ、幹部であり組長であっても・・・。
「富士山丸」には、子どもらもいる。両長の小姓だから、当然のことであるし、両長ともに子どもらのことが心配でもあるから。
おっと、おれが、その子どもらのまとめ役だということを、すっかり忘れていた。
もちろん、野村も「富士山丸」にいる。
大石も、両長にくわえて双子がいれば、迂闊なことをしでかさない、と信じたいところである。
「馬鹿というものは、うつらぬ。歳、否、副長がいらぬことをいうものだから、子どもたちが勘違いしてしまっている」
局長は、悲しげにうめく。
局長、「そこ!」、なんですか?
「それに、万が一にもうつるものであったとしよう。兼定にうつっていてもおかしくなかろう?しかし、兼定は馬鹿ではない。敏い。ゆえに、やはり、馬鹿はうつらぬ、ということだ」
「うわあ、よかった」
「よかったね、兼定」
「兼定は、とってもかしこいから」
まて、まってくれ。いまのだと、「おれが馬鹿」前提の話ではないか・・・。
「うししし」
左足許から、相棒の「ケンOン」笑いがきこえてくる。
「主計、船室にきてくれないか」
局長は、おれを呼びにきてくれたのである。