表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

410/1255

仕えるべきは・・・

 歩をとめていたが、ゆっくりあゆみはじめる。

 荷車から、さらに距離をとるためである。


「でっ、尾張公はなんと?」


 予想はしているが、きいてみる。


「べつに、なにも。「ご健勝の由、恐悦至極に存じ上げます。ますます、寒さが厳しく・・・」、という時候の挨拶・・・」

「やめねぇか、俊冬」


 俊冬にかぶせ、副長が制止する。その切羽詰まった声に、俊冬も俊春も副長に視線を向け、それから、それを地に落とす。


 副長のあゆみがとまったので、おれたちもその場にたちどまる。



 大坂城が燃えるのをみようと、往来に大勢の人々がでてくる。


「これで、徳川はんの世もおわりやな」

「ほな、つぎはだれがやるんや?」

「あほっ!だれがやったかていっしょや。わしらには関係あらへん」

「ほんまやな。わしらは、わしらの暮らしっちゅうもんがある。武士さむらいらの勝手な争いや。ほっとけばええ」


 一部の人々が、口々に叫ぶ。


 副長が、そちらを睨みつける。


 その副長の燃えるような・・・。


 そうか・・・。自分は、自覚が足りないことに気が付く。


 自分や仲間たちに起こっているすべてのことにたいし、第三者的なでみつめ、感じている。


 いや、たしかに、井上が死んだり、山崎や林が傷ついたことは悲しいし、悔しい。


 だが、戦に負けたり、こそこそと逃げてゆくことにたいして、悲しかったり口惜しかったりという感情は、ほぼないといってもいい。


 すべてをしっているから?こうなることが、わかっているから?

 すべてが、自分のしっているとおりにすすんでいることに、安堵している?



武士さむらいがおんで」


 だれかの怒鳴り声で、はっとする。


「副長、いきましょう」


 副長をうながす。


 これだけの人々である。ちょっとした刺激やきっかけで、暴走しかねない。

 新撰組だとしられれば、それが引き金になるかもしれない。


 トラブルは起こせない。すぐそこに、敵の軍勢がいるのだから。



「くそっ!」

 副長お得意の一語。


 この一語に、どれだけの感情や気持ちが集約されているか・・・。


「おめぇら、袂をわかつならいまのうちだ。向こうも、おめぇらを頼りにしてるんだろう?おれたちに、気兼ねする必要はねぇ。おめぇらは、充分すぎるほどやってくれた。感謝しきれねぇ・・・」


 言葉がとまったのと同時に、またあゆみがとまる。


 副長のいうとおりである。正直、かれらがいなければ、ここまでやってこれなかった。

 新撰組おれたちだけではない。坂本や中岡、おねぇだって、運命さだめどおり、死んだはず。


 おれをいじること以外のかれらの功績は、言葉ではいいあらわせない。

 くどいようだが、おれをいじる以外のことは、感謝してもしきれない。


 もはや、周囲の喧騒は気にならない。涙が自然とあふれ、頬を伝う。


「尾張公は、おっしゃいました」


 俊冬ではなく、俊春がいう。


「「岩倉卿よりの言伝を申す。天子様への忠誠と、あたらしき世の統治者への恭順の証に、このまま江戸へ参り、慶喜と抗戦派の首級をあげよ」」

 

 それをききながら、またあるきだす。


「それをおっしゃったのち、尾張公はこうも申されました。「どうせ、おぬしらは、こちらにつく気はあるまい?くそったれの岩倉には、わたしからうまく申しておく。上様のことを、頼みたい。それと、これは私事になるが、弟たちのことを・・・。生命いのちが助からぬのなら、武士さむらいらしく果てるよう、尽力してもらえぬだろうか。このとおりだ」そうおっしゃり、われらに頭を下げられました」


 尾張公も、領民や家臣だけではない。実の弟たちも助けたい気持ちはあれど、どうにもできずに苦しんでいる。


 俊春は、それ以上は告げないが、尾張公の願いを無下にしなかったはず。


「副長、われらは犬。主を護り、仕えます。京の屋敷にて、われらはあなたを主とし、護ることを誓っております。われらの意思は、二度と問われますな。われらは、あなたが護りたいもの、護らねばならぬもの、そして、あなた自身を、全身全霊を尽くし守護いたします」


 いつもなら俊冬が、かます(つげる)シーンである。

 それを、俊冬よりおとなしい俊春がいうものだから、余計にぐっとくる。


 副長は、またあゆみをとめる。指先が、両方の目頭をおす。涙が、あふれたにちがいない。

 副長の両掌が伸び、双子の頭をごしごし撫でる。


 双子ともに、髪がはえ揃いつつある。ぱっと見、運動部の部員っぽい。


「馬鹿ならだ、おめぇらはよ」


 副長は、双子の頭を荒っぽく撫でつつ、泣き笑いしている。


 頭を撫でられ、うれしそうな双子。

 その子どもみたいな笑顔は、陽光の下、きらきらしている。


 それにしても、またしても「子」、と・・・。

「子」というのは、副長独自の呼称であって、とくに意味はないのかもしれない。

 だけど、かれら以外につかっているだろうか・・・?



「それでだ・・・」


 副長はまたあるきだし、なにごともなかったかのようにきりだす。

 まだ涙声で、照れくさそうに。


「迷ってる。おめぇらの意見をききたい。まずは、馬、だ。才輔にはああいったが、おれ自身、馬たちが邪魔だからとか、必要でないって思ってるわけじゃねぇ」


 安富とのやりとりを、そのときいなかった双子に説明する。


「馬以上に、人間ひとのこともある。山崎、それから、林のことだ。残りの隊士は、船旅に耐えられるだけの体力はあるし、東の出身がほとんどだ。だが、林は無理だろう。そして、山崎は・・・」

「林先生も死ぬことになっているのか、主計?」

「いえ、俊冬殿。じつは、林先生の名は、伝わっていません。ですが、副長のおっしゃるとおり、林先生は船旅に耐えられそうにありませんね」


 林は、危篤状態から脱したばかりである。現代だったら、集中治療室から、一般病棟に移れるかどうかの瀬戸際の状態である。


「そうだ、たしか、林先生は雑賀衆の末裔だと・・・」


 ふと、思いだす。


「そうであった。銃は、撃たぬと申されておったが、撃てばかなりの腕前であった。それは兎も角、馬も兵庫まで運び、そこから丹波へと考えておりましたが、それならば、紀伊でおろしたほうがいいかもしれませぬな」


 俊冬が、副長に提案する。


「丹波か・・・。ならば、山崎も・・・。万が一にも、航海中、なにかあれば・・・。それなれば、山崎も紀伊でおろそう。林の介抱を命じるってていでな」


「ただ、納得するかですね。それと、林先生のところで、隠れる場所があるか・・・」


 紀伊でおろしたはいいが、林が天涯孤独で頼るところがなければ、それこそ悲惨である。


「紀伊がだめならば、丹波へ。兵庫までに、なんとか話をせねば。ただ、どちらでおろすことになっても・・・」


 俊冬が、視線を副長へと向ける。


 副長が、二人に話さねばならぬことである。


「豊玉」と「宗匠」は、大坂でほっぽりださずにすみそうだ。それには、安富も安心するだろう。


「ああ・・・」


 副長は、苦り切った表情かおでつぶやく。


 追いついた時分ころには、小舟に怪我人を乗せおえ、いつでも小舟をだせる準備が整っていた。


 が、安富が、荷車に繋がれたままの馬たちの間に立っている。


 まだ距離があるのに、馬たちの耳が動いているのがみえる。


「馬の耳をみれば、気持ちがわかる」


 そう教えてくれたのが、安富である。


「馬たちも、置いていかれることをわかっている。自分たちのことより、安富先生のことを案じている」


 馬の代弁者でもある俊春が告げる。


「くーん」


 相棒が、訴えるようなで、副長をみ上げる。


「くそっ!わかってる。わかってる。そんなでみるな、兼定。それと、俊春、馬の気持ちを伝えてくれなくていい。ちくしょうめ、ふねの連中に、なんていわれるか・・・」


 それでも、副長はきっちり話をつけてくれるであろう。



「安富先生ーっ!」


 相棒とともに、安富と馬たちに向かって駆ける。


 朗報を、伝えるために・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ