「でこちんの助」
「人斬り半次郎」と、視線があった。その瞬間、彼の口角があがった。
(おいどんは、こげんひきょうもんをつけ狙うちょったんじゃなあ・・・)
とでも、思っているのであろうか。
いずれにせよ、いまのニヒルな笑いは、呆れ80%、蔑み10%、時間と労力を返してくれ10%、といった気持のあらわれにちがいない。
「土方さん。あんた、ここにいるだれよりも悪党だな」
原田が、ここにいる全員の本音を代弁してくれる。
「うっせえ!左之、おめぇらがしっかりせんから、おれみずからが鉄槌をくださにゃならんのだろうが」
さらなる暴言。
こういう理不尽かつ非常識ないいがかりが許されるのは、土方歳三オンリーであろう。
が、敵味方をこえた共感っていうか一体感っていうか、そういったものは一瞬のこと。
またしても、沢、それから、テロ的攻撃手段をつかい果たしたであろう副長に襲いかかる示現流の初太刀。
あまりにもの卑怯さ加減に怒り狂っているのか、同時に五名がかかってゆく。
「かかれ!」
英語の指示と同時に、相棒が荷車から飛びだした。
シャンプ一番、上段で迫りくる先頭の男の右掌首にかみつく。
鋭い牙が、皮膚をさき、肉に喰いこむ。
分厚い防護ミットをはめていても、傷だらけになるほどの威力。なにもなければ、その被害状況は推してしるべし、である。
さすがである。右掌首をかみつかれても、悲鳴一つあげず、刀をとりおとすこともない。
必死にふりほどこうとするも、相棒の牙は、おれの指示がないかぎり、絶対にはずれない。
たぶん・・・。あ、双子の指示でもはずれるかも。あと、副長も。あと・・・。
同時に斬りかかったほかの四名は・・・。
四名とも、荷車のまんまえまでかたまっている。得物の切っ先を夜空に向けたまま・・・。
沢、それから副長は、じりじりと荷車からはなれつつある。
「「狂い犬」じゃらせんか」
そのとき、「人斬り半次郎」が、この夜、はじめて言葉を発した。しかも、その声音は、歓喜に満ち溢れている。
いつの間にか、双子が荷車の荷の上に座っている。
絶妙なタイミング、おいしいとこどり、もってけドロボー的に登場した双子に、敵も味方も注目している。
「「眠り龍」・・・」
ちかくにいる、篠原のつぶやき。
「「眠り龍」?なんだ、それは?」
おれだけでなく、ちかくにいる島田にもきこえたらしい。
もちろん、こたえてくれるわけもない、か。
いまだ、相棒はがんばって敵の掌首にかみついているし、敵はがんばって相棒を振り払おうとしている。
「相棒っ、やめろっ!」
指示と同時に、相棒は敵の掌首を開放し、間合いをあけて戦闘態勢をとる。
「「人斬り半次郎」、このままひいてくれぬか?」
俊冬は、荷車に積んだ荷をぽんぽんと叩く。
「そうへきもはん。こたびは、おいどんたちも大事な密命を帯びちょっ」
「人斬り半次郎」は、斜視気味の瞳を俊春に、ついで俊冬に向ける。
「その密命とやらが、無効になったとしても?」
俊冬はちいさく笑うと、四本しか指のない掌を耳にあてる。
その横で、俊春は立ち上がり、遠くへ瞳を向ける。
「きこえぬか、馬蹄の響きが?薩摩本隊より、西郷どんの密使がはなたれた。その馬が駆けてくる音だ。それとは別に、ほかの盗賊団もやってくるようだ」
それに反応したのは、「人斬り半次郎」だけではない。敵全員、そして、おれたちも、たがいに相貌をみあわせている。
「馬鹿なことをよかやんな。ないごて、そげんこっがわかっとじゃ」
「プOスリー」が歩をすすめ、「人斬り半次郎」に並んだ。
俊冬は、「プOスリー」と視線を合わせると、爽やかな笑みを浮かべた。
「「でこちんの助」の耳朶に、「薩摩がぬけがけし、大坂城の金銀財宝を奪いにいくぞ」と囁いてやったのだ。「でこちんの助」も、金銀財宝を欲しがっておる。すぐに自藩のなかから盗賊団を組織し、準備をさせた。ほうれ、もうきこえるであろう」
全員が集中し、耳をすます。そういわれてみれば、遠くのほうでなにかがきこえるような、きこえないような・・・。
「そのあと、西郷どんの耳朶に、「長州が、金銀財宝のことをかぎつけたようだ。薩摩藩が奪った後、その上前をはねようと、手練れを送りこもうとしている」としらせたのだ。西郷どんは、さすがの人物。おぬしらのことを案じ、さらには政治的憂いを断つため、中止するよう、急使を送ったというわけだ」
「「でこちんの助」?」
篠原と蟻通が、同時につぶやいた。
いや、そこか?つっこまずにはいられない。
でも、それがだれなのか、すぐにわかってしまうほど、俊冬のニックネームのつけ方はナイスである。
思わず、ぷっとふいてしまう。
「長州の大村に?」
そして、「人斬り半次郎」も気が付いたようである。
そう尋ねつつ、おれとおなじようにふきだしたいにちがいない。
月明かりの下、口の端がむずむず動いているのがわかる。
が、さすがに凄腕の人斬り。イメージを崩すようなことはしない。
これ以降、一人になったら、ことあるごとに「でこちんの助」のネーミングにうけまくるに違いない。
それは兎も角、「でこちんの助」とは、大村益次郎のことだ。長州藩の藩士である。
今回の戦で、軍師として大活躍する。もともとは、医師である。宇和島藩や故郷の長州、戊辰戦争、で大活躍する。ウィキにも、あーんなことやこーんなことをやった、と記載されている。
だが、そんな多々ある活躍も、死後に描かれたというご本人の肖像画でぶっとんでしまう。ウィキの肖像画があまりにもインパクト強すぎで、かんじんのなかみが何度よんでも頭に入らない。
あの「でこ」のなかには、なにが詰まってるのか?マジ、考えてしまう。
長州では、「火吹き達磨」とネーミングされ、呼ばれていたようだが「でこちんの助」のほうがしっくりくる。
軍事にかんしては、天才軍師として有能ではあるが、性格はイマイチだったらしい。空気をよまず、思うこと、いいたいことを口から直球にだすものだから、周囲から慕われ、好かれるというタイプではなさそう。
「火吹き達磨」というネーミングも、愛称というよりかは蔑称にちかいのかもしれない。
このさき、薩摩や土佐と共闘してゆくが、そういった他国の人間との衝突もすくなくない。事実、江戸で、薩摩の海江田信義と派手に衝突する。軍議や雑多な打ち合わせ、折衝、食事会や懇親会・・・。様々な場があるのに、この二人の確執はかなり有名な出来事として挙げられる。
性格の悪さ、もといイタさがもとになったのかどうかはわからないが、来年、かれは暗殺される。京でだ。
暗殺犯は長州人であるが、黒幕は、さきの海江田と噂されている。
いや、まてよ・・・。たしか、「でこちんの助」は、この時期、まだ長州にいるはずじゃなかったか?鳥羽・伏見の戦い、つまり、戦端がひらかれてから、藩主毛利元徳に随行し、京にでてきたかと記憶している。
「え?大村さん、ですよね?このちかくにいらっしゃるんですか?」
思わず、きいてしまった。
「大村?はて、かような名であったか?「でこちんの助」は「でこちんの助」とばかり・・・」
すっとぼける俊冬の「でこちんの助」の連射に、ついに、篠原と「プOスリー」がふきだした。
二人は、会ったことがあるというわけだ。
やはり、京にでてきている。そして、いまは、このちかくまできている。
「半次郎ちゃーん、半次郎ちゃーん」
そのタイミングで、パカラッ、パカラっという馬蹄のかわいた音にかぶり、遠くのほうから叫び声が聞こえてきた。