史上最強の卑怯者!
そして、沢の近間に入った。
「永倉先生っ!」
そのとき、鳶が永倉の名を叫んだ。
あっという間のことである。
三人目の居合い抜き。
呆然とたたずむ沢の体を切断しようと、白刃が銀色の軌跡を描く。
右から左への横薙ぎの一閃。
その神速業がみえたのが、自分でも驚きである。
「かっ!」
金属同士の激突音と同時に、火花が散る。
「殺らせるかってんだよ、「人斬り半次郎」!」
永倉である。
三人目の頭巾に相貌をちかづけ、ドヤ顔で吠える。
神速の居合抜きの横薙ぎの一閃を、「手柄山」で受け止めつつ。
「きききっ」、と刃金のこすれあう音がつづく。
「がむしん」と「人斬り半次郎」の力比べ。
(かっけー、「がむしん」)、って心底思う。
そのとき、敵の一人が永倉に向かってゆく。
「きえーっ!」
これでもかというほど、猿叫が響き渡る。
示現流の初太刀。
永倉は、いまだ「人斬り半次郎」と力比べをしていて、どうしようもできない。
「主計さんっ!」
鳶の声とともに、掌許に「之定」が飛んできた。
反射的に左の掌で鞘を掴み、右の掌で柄を掴んでそのまま引き抜く。
が、すでに敵の初太刀は、永倉の頭頂めがけて上段から振り下ろされている。
間に合わない。
「かっ!」
またしても、金属のぶつかり合う音。つづいて、火花が散る。
斎藤が「鬼神丸」を頭上にかざし、示現流の初太刀を受け止めている。
柄を握る右の掌だけでなく、左の掌を峰に添え、相手の渾身の一撃を、渾身の受け身でもって受け止めたのである。
「斎藤、すまない」
力比べをつづけながら、礼をいう永倉。
「うおおおっ!」
「ちええええぃっ!」
永倉と斎藤は、気合とともにそれぞれの相手の刃をおしかえす。
さらに一人が、ダッシュしてくる。
すでに得物を抜いており、八双の構えでいっきに間を詰める。一足一刀の間合いに入ると、八双からするどい突きをくりだす。
「させるかってんだよっ!」
そのまえにたちはだかる原田。相手の剣先に向け、愛槍をりゅうとしごく。 その鋭い一撃を、相手は飛び退って紙一重でかわす。
いまや、鳶や久吉、沢以外の全員が、得物を構えている。
副長でさえも。
おりよく、夜空をおおっていた雲がきれ、月があらわれた。満月ではないが、地に降りそそぐ月光は、はっきりと敵を、味方を、みせてくれる。
だれかが指示したわけではないが、おれたちはほっかむりを、敵は頭巾を脱ぎ捨てる。
やはり、「人斬り半次郎」・・・。
斎藤と向かい合っているのは、篠原。原田の相手は、村田・・・。
篠原は、細面のイケメンである。webの写真のまんまである。知的な目許が素敵だ。
あぁもちろんそれは、女性目線からいえば、の話である。
一方、村田の相貌がつるっとしていることが、この夜の一番の驚きかも・・・。
webの写真では、これでもかというほど毛むくじゃらである。立派な八の字を描いた鼻髭、それから、「エルビス・プOスリー」もびっくりなほどのもみあげ・・・。
それらが、いっさいない。
一瞬、脳内で「プOスリー」のコスプレをさせてしまう。
なんてこった。クリソツじゃないか・・・。そっくりさん大会で、優勝するんじゃないか?
そういえば、村田は、明治期に岩倉使節団の一員として、アメリカにもいくんだった。
もちろん、そんなことはいま、この状況ではどうでもいいことである。
「新撰組?」
篠原がつぶやく。
かれは、おれたちの恰好を面白いと思っていても、笑わなないだけのデリカシーはある。
もちろん、かれ以外の者も。
敵軍の金子を盗むよう命じられたこの集団は、手練れであるばかりか、空気をよめるらしい。
「荷車をいけんかしやんせ」
「プOスリー」が、荷車に一番ちかい数名に命じる。
くそっ!一度「プOスリー」と思ってしまうと、それ以外には考えられない。
あるある、かな?たぶん・・・。
三名が、得物を上段にふりかぶりつつ、沢に殺到する。
敵は、非戦闘員に照準をあてる。
間に合うわけもない。
「ひいいっ!」
沢は、両腕で自分の頭をかばいつつちいさくなっている。
三つの猿叫。
ここのご近所さんは、猿の集団が餌をもとめて山からやってきたと、勘違いするだろうか?
「ぐわっ」
「なんじゃ」
「ぎゃあ」
だが、示現流の初太刀は不発におわった。
ついにきました。この男!
「いったいなんか?」
「苦しか」
「瞳がみえもはん」
三人は、得物を落とすことはなかったものの、その場で腰を折り、咳やらくしゃみやらをしている。右の掌で、ごしごしと相貌をこすっている。
「ざまあみやがれ」
「兼定」を握る掌ももたぬほうの掌も腰にあて、仁王立ちで三人をみおろす副長。
苦しむ三人に、ドヤ顔でうそぶく。
副長の例の殺人兵器である。ちゃんと隠しもってたなんて、いや、それ以前に、ちゃんとストックを準備してたなんて・・・。
「きたなかっ!」
おれたちより人数がおおい上に、非戦闘員を標的にした敵の間から、そんな囁きが・・・。
「卑怯者じゃっ!」
篠原がわなわな震えつつ、弾劾する。きっと、純粋な剣士なのであろう。
「それがどうした?ああ?こういうもんはなぁ、きたねぇ策つかったほうが、勝ちなんだよ。最後に生き残った者が、えらいんだよ」
正直、穴があったら入りたい。
もはや、崇高な生命のやりとりじゃない。
『史上最強の卑怯者』・・・。
「鬼の副長」につぐ三つ目の通り名。
くしゃみと咳に苦しむ犠牲者を、敵も味方も呆然とみつめている。