いい盗賊と悪い盗賊?
俊春が、夜空をみ上げている。
瞼をとじ、集中している。
「きます。複数人。こちらのほうへ、駆けてきます」
位置情報で、お友達を探しているみたいだ。もっとも、この場合はお友達ではなく、敵っていうか、別の盗賊集団だけど。
「灯を消せ。ぬかるな。勘吾、雅次郎、忠助、たのむぞ。久吉、鳶、得物の準備を。いそげ、船着き場はもうすこしだ」
「承知」
二つあった提灯の灯が消える。
月は雲に隠れ、星はまばら。周囲の民家や商家は寝静まっており、静寂と暗さに支配される。
遭遇までに、瞳を慣らさねばならない。
「相棒」
荷車の一つを、軽く叩く。
相棒の軽やかな足音が、ちかづいてきた。そして、とまった。とまっている時間が、ムダにながい気がする。
臭いに躊躇しているのか?
肥桶と同乗するなんて、おれもいやだ。が、いま、こっちに向かってきてるのが「人斬り半次郎」たちであったら、相棒のことをしっている。
ありがたいことに、せかすまでもなくしなやかな肢体が荷車に飛び乗った。
「相棒、しばらくの辛抱だ。敵が荷車にちかづいてきたら、わかってるな?」
荷車に囁くも、反応なし。
怒ってるのか?それとも、ただのスルー?
なにせ、株が落ちている上にないがしろにされまくってる。
双子のように、相棒の考てることや思いがわかるわけもない。ゆえに、かよいあわせることもできない。
おれに、「相棒のきもち」、なんてわかるわけないじゃないか・・・。
いや、いじけている場合ではない。
「人斬り半次郎」は、ここにいるほとんどをしっている。坂本のミッションの前後に、遭遇したからである。
すこしでも時間を稼ぐため、あのときいなかった蟻通らに対応をやってもらおうというわけである。
ゆえに、相棒には荷車に隠れてもらっているわけだ。
全員が、手拭いでほっかむりする。
そのとき、双子がいないことに気がつく。まったく、いったいどこへいったのやら・・・。
瞳が、暗さになれてくる。こまかい表情まではわからないが、笑ってるとかウインクしてるとか、その程度ならわかるはず。
幕府の所有物を、新撰組かが運びだしたことを、間者によってもたらされたであろう。
かれらに追いつかれるまでに、すこしでも約束の場所に急がねば。
寝しずまった夜の往来を、小走りに駆けた。
「豊玉」と「宗匠」、それから、厩にいた名も所有者もしらぬ馬をせかし、さらに速度をあげる。
「みえてきた」
うしろにいる、斎藤のささやき声。
集団のシルエットが、暗がりに浮かび上がったかと思うと、みるみる迫ってくる。
「二十名以上いる」
斎藤は、このなかでは一番夜目がきく。
荷車のあるこっちより、身一つのあっちのほうがはやいにきまっている。
あっという間に、追いつかれてしまった。
向こうも、任務の性質上、灯をもっていない。
おお、御大層に、全員が着物に袴姿。軍服ではなく、わざわざ和装にしている。
幕軍のほとんどが和装ってところで、目立たぬように着物に袴にしたのか。
しかも、例の目出し帽みたいな頭巾をかぶっている。
どう考えたって、あっちのほうがまだあったかそうな格好じゃないか。
一瞬、この変装をチョイスした俊冬を、恨んでしまった。
「まてっ!かような刻限に、なにをしておる?」
追手のなかから、標準語を話せる者がそうきいてきた。それでも、イントネーションはごまかせず、薩摩にちがいないとしれた。
「わたしらは、淡路の津井村より参りました百姓でございます」
打合せ通り、蟻通が腰をおり、もみ手をしながら集団のまえにでる。
津井村ときいても、追手のだれ一人として反応しない。
津井村は、現代では兵庫県南あわじ市の町名である。
じつは、この津井村は、古東領左衛門という豪農の出身地である。かれは、がちがちの勤皇の志士。パトロンであった。天誅組の挙兵に際し、全財産をつぎこんだらしい。天誅組が討伐された際に捕縛され、京の六角獄で斬首された。
維新の成功は、古東のようなパトロンの存在もおおきい。
その古東のことを、薩摩の盗っ人たちがしっている場合としらない場合の筋書きを、用意してる。
「定期的に大坂までまいりまして、集めております」
蟻通は、しらない場合のパターンのフローにのっとった。
「なにをだ?」
相手が、問う。
気の毒に。かれらも、頭巾をかぶっていても、このくっそ寒さに嗅覚をやられているらしい。
「はあ・・・。肥料でございます。島では、なかなかに集まらず。春に備え、こうして集めておるわけでございます」
いや、津井村の人たちは、誠にそんなことをしているわけはない。
「肥料?」
「へぇ・・・。糞、でございます」
やたらと糞を強調する蟻通。
蟻通はかわり者だが、度胸も腕も一番組の筆頭。いまも、堂々と応対している。
「なんなら、あらためられますか?」
荷車のうしろにまわり、肥桶の一つの蓋を開ける。
相棒のいない荷車のである。ちゃんと配慮してくれているのがありがたい。
さすがに、臭ってくる。
慢性鼻炎か、鼻風邪をひいていないかぎり、この場にいる全員が、リアルな臭いを嗅いだであろう。
ほっかむりの下から、上目遣いに集団を観察する。
集団のうしろのほうに、並び立っている三人。
あきらかに、発する気が違う。
あれが、「人斬り半次郎」、村田、篠原にちがいない。
距離があって薄暗いにもかかわらず、三人がこちらを油断なく探っているのがわかる。
「ぐっ、なんて臭いだ・・・」
相手は、頭巾の上から鼻をつまみつつ、一歩後退する。
「こげん時刻にと?」
うしろのほうの三人のうち、一人が問うた。
ばれている。そう直感する。
おれだけでなく、おれたち全員が直感したはず。
得物を隠している荷車に、じりじりとにじり寄る。
「はい。昼間に、かような臭気を発しつつ、往来はゆけませぬ」
蟻通も気がついてはいるが、演技しつづける。
「だれか、荷車んなかみをあらためやんせ」
三人のうちの、ちがう一人がいう。
二人とも頭巾でくぐもった声だが、どちらも「人斬り半次郎」の声ではない。
命じられ、追手のなかの四人が、荷車にちかづこうと歩をすすめる。
「おまちください。あの・・・、お武士様、いずれの家中の方でしょうか?わたしらは、大坂城のお役人様より許可をいただき、積んで運んでおります。それを、詮議なさいますとは・・・」
沢が、おずおずという。
かれは、隊士の仕事をしているわけではない。
じつは、本来なら死ぬはずだった久吉のあとがまになる予定だった。つまり、局長の馬丁である。
が、必要なくなってしまった。というわけで、局長の身のまわりのことや賄方、小者といった雑務全般をこなしている。
とはいえ、かれもまた久吉と同様、剣術の稽古にも参加している。
壮年童顔。小柄だが、フットワークが軽く、どんなことでもできてしまう、学校の用務員的存在である。
沢もまた、副長に最期まで付き従う。文字通り、副長の最期のときまで。
ウィキペディアによると、副長が腹部を被弾した際に「やられた」、という最期の一語をきいたらしい。慌てて駆け寄るも、すでにこときれていた。
そして、遺体が五稜郭へ運びこまれるのを、安富とともにみ届けている。
その後、副長の下げ緒と安富の手紙を、副長の実姉の嫁ぎ先である佐藤家に届けている。
生まれや育ちはもちろんのこと、佐藤家からのその後のことも、まったくわかっていない。
謎のおおい人物である。
それもそのはず。当人はじつに寡黙で、自分のことをまったく話さない。だが、じつにきき上手。みな、かれに愚痴をいったり、ただ話をきいてもらったりしているようである。
その沢が、すらすらと糾弾している。腰をかがめ、卑屈っぽくではあるが。
そのとき、それまで一言も発しなかった三人目が、無言のまま歩をすすめる。
それに気がついた手下たちが、道をあける。
静寂のなか、鯉口をきる音が響く・・・。