「ダバダー」の流れるくっさい夜
寝静まった町に響くのは、馬の蹄と荷車がきしむ音のみ。
さすがのおれたちも、だれ一人口をきく者はいない。
ってか、寒すぎて、口までかたまってしまってる。
全員、一応変装している。着物に尻端折り・・・。
このくっそ寒いなか、こんな恰好で夜の大坂の町をあるいてる。
将来の温暖化現象など、想像もつかない。
未来の人間たちよ。地球は、こんなにありのままでいてくれてます・・・。
環境保護関連ってわけではないが、おれたちは、城のぼっとん便所から汚物を回収する農民を装っている。
そういえばきこえはいいが、バキュームカーで乗りつけ、吸い上げ、つぎの提携場所へ向かう、というわけではない。
三台の荷車に、数個ずつ桶を積んでいる。
そこに、たっぷり入っているわけである。もちろん、入っているものはいうまでもなく「アレ」、である。
その「アレ」を準備したのは、双子である。
ってか、勝手にお膳立てし、おれたちに薄ら寒い恰好をさせ、まさに作戦開始のときになってはじめて、どういう設定になっているのかをしらされた。
副長もふくめ、「なにゆえ、『これ』、なのだ?」と、全員が声にだすことなく心中で尋ねたであろう。
もちろん、「双子のみぞしる」で、答えが得らることはないが。
こんな恰好に、得物を帯びるわけにはいかない。ゆえに、三台の荷車にふりわけ、それぞれの得物をのせている。
「之定」がないと、左腰がすーすーする。
「いっぱしの二本差しのつもりか?しゃらくせぇ」と、自分で突っ込んでおく。
それにしても、ううううさぶっ。唇が、紫色になっているに違いない。
こんな苦行をしいるとは・・・。
これはまさしく、苦行以外のなにものでもない。いったい、なんの因果でこんな薄着を?
いや、薄着なんてレベルじゃない。
だって、薄っぺらな麻の着物一枚。しかも、尻端折りをしているので、女子高生のミニスカ的に太腿が露になっている。
いい年齢ぶっこいた野郎どもの太腿など、いかなるフェチであっても盗撮しないはず。いっそ、この夜の「侵入盗」デビューの記念に、撮ってもらいたいくらいだ。
SNSにあげられたら、即炎上、削除されるかも・・・。
そんなくだらぬことを考え、寒さから気をそらそうとするも、土台、無理である。やけっぱちで、 幕末にもってきていたらよかったリストを挙げてみる。
たったいま、一位に輝いているのは、「ユニOロ」のヒートテックシリーズ。そして、第二位の栄誉に輝いているのは、「ワーOマン」の冬のアイテム。
随時更新中・・・。
「くそったれ」
「ううっ、畜生め」
「し、死ぬ」
「仏様」
「助けて」
みな、自分自身を抱きしめながら、あるいは、ほかの者に体をくっつけながら、罵倒したり人生に悲観したり、呪いの言葉や救いの言葉を発している。
「さすがは、副長。われらのいま、この一瞬を、たった一言で表現されるとは・・・。句に造詣がございますと、おっしゃることも深みとコクがございますな」
おなじ恰好なのに、じつになめらかな動きに、さわやかすぎる表情の俊冬。
おれたちにはみえないカイロでも、貼り付けてるのか?
「ドラOもん」に、「あべOべクリーム」でも、だしてもらったのか?
しかも、副長の「くそったれ」は、教育上よくない口癖なのに、いまの状況とかけて、しっかりヨイショにつかってくる。
「ネスOフェ」の「ゴールOブレンド」じゃあるまいし、深みとコク?
CMの曲、「目覚O」がリフレインする。
「なにゆえだ?なにゆえ、かような恰好を選んだのだ?」
蟻通の、「問い」というよりかは「クレーム」に、俊冬の相貌にさらに笑みがひろがる。
「面白いからでございます」
「面白いって・・・」
蟻通、撃沈。
寒すぎて、嗅覚が役に立たないのだけが、不幸中の幸い。このくっそ寒さの上、臭いにまでやられたくない。
それを思うと、相棒が気の毒である。
唯一、毛皮をまとい、セレブのごとく闊歩している相棒。
ふふん、臭気にやられてしまったらいいんだ。
大人げない感情に支配される、おれ。
「あぁくそっ!とくに、左腰がすーすーしてたまらぬ」
「永倉先生も、お見事でございます」
「なんだと、俊冬?おれは、なにも嗜まんぞ。ましてや、身のほどってのをしらぬのではないかっ、てほどのまずい句・・・」
「新八っ?」
副長の冷気よりも鋭い名指しに、さしもの「がむしん」も口をとじた。
「それで、なにゆえだ?」
それまで、自分自身を抱きしめ、沈黙を貫いている尾関が呟く。
尾関は、新撰組の旗頭として、ずっと先頭をはっている。
原田や林に負けず劣らず、ガタイがいい。
最近、十番組のことを「進撃のO人組」、と呼んでいる。もちろん、自分のなかだけである。
「進撃のO人組」は、15メートル級ばかりが揃っている。
が、尾関は、おなじ15メートル級でも美男子である。まぁ「進撃のモデルO人」、といったところか。
しかも、いかにも武闘派然としている十番組の隊士たちとちがい、物腰がやわらかく、知的な感じがする。
新撰組が京の町を闊歩するとき、先頭にかれがいれば、京女、ああ、これは「都の女性」の意味であって、「京都女O大学」の略ではない。
兎に角、おおくの女性たちを魅了し、壬生浪の風当たりを微風くらいにしてくれている。
このあとに、副長、一番組の沖田、とつづけば・・・。
「主計が、二番組の組長は、乱暴者の醜男だと申しておる」
「なんだと、主計っ!」
「ええっ?ちょっ、ちょっとまってください」
なにもいってない。ほんのちょっぴり、心の片隅で考えただけ・・・。
他人の心のなかをのぞきこむ男、俊冬。
チクるなんて・・・。
拳を振りかざし、こちらへ向かってくる永倉。
「永倉先生、誤解です。誤解ですってば。だってほら、「がむしん」って男前っていうよりかは、ワイルドでパワフルでクラッシャーで・・・」
「主計、この野郎っ!異人の言の葉並べてごまかそうったって、そうはゆかぬぞ」
「いや、つまり・・・。ってか、俊冬殿、なにゆえ、いらぬことを・・・」
「てめぇら、やかましい」
神速で間を詰めてきた副長に、永倉もおれも頭をぽかりと殴られてしまった。
「なんで、おれまで?」
「俊冬殿ですよ、副長」
永倉と抗議をしつつ、元凶の俊冬に視線を向ける。
「しぃっ!」
その瞬間、だまるよう注意をうながされた。