家康公の「金扇の馬印」
見張り番たちは、自分たちが寝ずの番であるという自覚がないらしい。腹いっぱいになったら眠くなる、ということに思いいたらぬのか、あるいは、日に日に喰いものがすくなくなってゆくなか、喰えるうちに喰っておこう、というサバイバル精神なのか、どんどん腹に詰め込んでいる。
これならば、握り飯と白湯に薬を仕込む必要などなかったであろう。
もちろん、劇薬ではない。眠り薬である。
もちろん、副長の処方ではない。俊春である。
当然のことであるが、双子は漢方医のスキルもある。
この夜も、月が冴えわたっている。
時計を、月明かりにかざす。
針は、これでもかというほど8時30分を示している。
この懐中時計は、こっちにきてからやりくりし、坂本のミッションのまえに古道具屋で購入したものである。スマートウオッチより、だんぜん機能は劣る。そりゃぁ時間しかみれないから。
それでも、新撰組に入隊してから、子どもらにたかられ、ときにはすってんてんにされつつ、ちまちまと貯めた。
まぁ、食事付きの寮費なしの待遇。趣味はなく、酒たばこ博打をせず、彼女、ついでに彼氏もいないとあっては、使うところがないといえばない。
古道具屋のまえを通りかかって、一目ぼれした代物。本当なら、腕時計が欲しかったところではあるが、幕末、それ自体がないので仕方がない。
社会人になってはじめてもらった給料で購入したものと同様、これも大切なものである。
22時には、八軒屋浜に着かねばならない。そこで、小野と榎本が、荷を輸送する船とともにまっている。
見張り番たちの鼾が、きこえてくる。
双子が、掌をふる。
櫓のまえに馬車をよせ、鳶を見張りに残し、櫓に侵入する。
錠前の鍵は、双子がコピーをつくった。
そういうことも、職人技的の腕前なのだとか。
きっと、貨幣だって偽造できるはず。
ぶっちゃけ、双子はマルチ犯罪者ってわけだ。
まっ、いまからやることも犯罪にちかい。家人を眠らせ、押し入り盗む。
「Miburo 14」、犯罪のスペシャリスト集団。
いや、いいのか、これ?
まぁいっか、これが新撰組だし・・・。
結局、いきつくさきは、いっつもこれだな。
「うわー」
「ほー」
「すごい」
みな、一様に驚いている。
結構、壮観である。
映画にでてくるような宝物庫のようなでっかさはないが、それでも櫓内、床や棚に無造作に並べられた千両箱や陶器やら武具やらは、すげー、と思ってしまう。
これは、専門家でもそうでなくても、狂喜乱舞しそうな眺めである。
「ときがねぇ。さっさと積み込め」
副長に叱咤され、全員があわてて動きだす。
結構、重労働かつ気を遣う作業である。千両箱は、もちろん重い。それ以上に、小汚い、もとい、歴史的に価値のあるのであろう古びた古物の類は、軽いが気をつかう。うっかり掌をすべらせ、落として割ったり傷つけようものなら、後世に申し訳ない。
もっとも、うまく運びだし、江戸に無事届いたとしても、後世に残るのかどうかはわからないが。
優先は、金子。それから、あきらかに価値のありそうな古物。
残してゆくものもすくなくない。ときがない上に、運べる量は物理的にかぎられる。
もうこれ以上、馬車に積み込めない。
「野郎ども、そろそろ引き上げるぜ」と、山賊や盗賊の親分がいいそうなタイミングで、原田が扇立てのまえで考え込んでいる。
「おっ、こりゃなんだ?」
「やけに古めかしい扇ですな」
それに気がついた永倉と島田が、ちかづいておなじようにいろんな角度から鑑定しはじめる。
「どれ、扇いでやる」
「やめとけ。紙魚がいそうだ」
「いたって、飛びやしないだろう?」
「かような問題か?」
永倉と原田がいいあっている。
もしや、と思って二人の間をすり抜け、それにちかづいてみる。
ああ、やはり・・・。
「だめですよ。これは、歴史的価値のあるものです。家康公の「金扇の馬印」です」
「ええ、そんな昔の?なら、ぜったいに紙魚がいたな」
「おう、だからいったろうが、左之」
思わず、がくっとずっこけてしまう。
原田、永倉、問題はそこじゃない。
「なにやってる。さっさとずらかるぞ」
積み荷の状況を確認にいった副長が、戻ってきた。俊冬、尾関と沢が一緒である。
「土方さん、紙魚だらけの金扇だってよ。どうする?」
「ああ?左之、そのくれぇ、懐にいれてもってけるだろう」
「ええっ?きこえなかったのか?紙魚だらけっていったろう。いやだぜ」
「なら、金扇なんぞ、ほっとけ」
「副長、金扇って、ただの金扇では・・・」
いいかけて、ふと思いだす。
「俊冬殿、江戸の新門辰五郎親分のことは、ご存じですか?」
「新門の親分?ああ・・・。そういえば、昼間にみかけたな」
「なら、この金扇はこのままにして、このありかを伝えてもらえませんか?もっていってくれるはずです」
江戸の侠客新門辰五郎。
慶喜が将軍になるまえより、懇意にしている。新門の娘お芳は、慶喜の妾のような存在であることから、京に子分を連れてきている。
この金扇。燃え盛る大坂城よりもちだし、江戸に届けるのが新門である。
ちなみに、慶喜は、今回のぶっちぎりの逃避行にお芳を同道している。
「承知した。ことが起こるまでにみつけだし、伝えよう。わが鍵を添えてな」
俊冬は、偽造キーをひらひらさせつつ、快諾してくれる。
「それと、櫓はみはられています。おそらく、薩摩の盗賊団の斥候かと」
俊冬が、副長に告げる。
かれには、お見通しなのである。
緊張とともに、表情がひきしまる。
「副長、城内の見張りがやってきます」
そのタイミングで、蟻通が報告にきた。
「よし、揉め事は避けたい。とっととゆくぞ」
「承知」
外にでると、俊春と鳶が、眠り込んでいる見張り番たちの背を、櫓の石垣にもたせかける作業をおえたばかり。
安富と久吉は、いつでも出発できるよう待機している。
俊冬が、錠前に鍵をかける。
見張り番たちは、いかにも居眠りこきましたって態である。
これで、しばらく時間を稼げる。
八軒屋浜に向け、出発する。