助命の謎理由
蔵を管理しているのは、一応、城自体を任されている妻木である。
とはいえ、妻木はもともとが文学肌。管理やその警備に関しては、同僚や部下に丸投げしている。
城内で付け火が頻発していることから、蔵の見張りも増員されている。松明をもった数名がグループになり、蔵の、っていうか蔵がわりの櫓の周囲で、立ち番や歩哨をしている。
「これはこれは、お疲れ様でございます」
こじんまりとした林から、その櫓がみえる。
人間も馬も犬も寄り添い、身と息を潜め、茂みのうちより様子をうかがう。
全員が、着物に尻端折りという恰好である。寒すぎて、掌や表情の感覚がうしなわれている。
おなじ格好の双子が天秤棒を担ぎ、見張り番たちに声をかけつつちかづいてゆく。
「腹が減りましたでしょう。糧食は尽きかけておるものの、妻木様よりみなさまに、せめて腹いっぱい握り飯でも喰って見張りに励んでほしい、と」
ことさらあかるい俊冬の声が、夜のしじまのなかを駆けてゆく。
「おうっ、腹が減って死にそうじゃ」
軍服姿の漢が応じる。
すると、松明や篝火の明かりのなかに、見張り番たちがわらわらと集まってくる。
軍服であったり着物に袴であったり、恰好がばらばらである。寄せ集め感が半端ない。
明かりのなかにみえるかれらの表情は、「なんとしてでも櫓を守護する」という使命感に燃えているというよりかは、「くっそ寒いなか、一晩中外で見張ってろって、マジうざっ!」と、心底うんざりしている感が強い。
かれらは、櫓のなかにあるもののことを、しらされていないのか。
そして、それが狙われていることも・・・。
「たんとございます。白湯もわかしてまいりました」
天秤棒から桶をはずし、双子は、手際よく握り飯を配り、竹製のコップに白湯を注いで渡してゆく。
茂みのなかからそれをみ、さりげなくみなに視線をはしらせる。
さきほど、宿の庭で騒ぎをみききしたメンバーは、一様に微妙な表情で双子をみている。
あのあと、双子、っていうか俊冬は、なにごともなかったかのように泰助を元気づけ、七番組の隊士たちをなだめた上で励ました。
いわゆる、神対応である。
「申し訳ございません。ですぎた真似をいたしました」
そして、おれたちだけになると、まず詫びた。
「残念ながら、ああいう御仁につける薬はございませぬ。たとえ局長や副長が、ことをわけて諭されようとも・・・。そうなれば、詰め腹を斬らせることになりましょう。正直、いまの時期、それはだれにとってもうまくありませぬ」
なるほど、大石自身の進退というよりかは、ほかの隊士たちに与える影響がある。
局長、副長レベルが介入するのは、得策ではない。
「かと申して、いま、ここで追い詰めてしまえば、迷うことなく敵に向かうでしょう」
「やつならやりかねんな、たしかに」
原田の言葉に、みな、うんうんと頷く。
これもまた、俊冬の推測というよりかは、大石自身の人となりで納得してしまう。
「でっ、やつはくたばるのか?」
永倉の問い。もちろん、おれに向けられたものである。
一瞬、どこまで伝えればいいか、逡巡してしまう。
「江戸へ、戻ってからです」
とりあえず、あたりさわりのないようそれだけ伝える。
「ふーん」とか「へー」とか思ったとしても、井上や山崎のようには思わぬのは、やはり大石の人となりによるものか。
「厄介なのは、恥をかかせたわたしに、意趣返ししてくれればよいのですが・・・」
俊冬は、つづける。
つまり、当人にちょっかいをだしてくるのではなく、当人の周囲にちょっかいをだすことで、復讐をするタイプだという。
「とくに、子どもらは格好の的です。われらも注意を払いますが、みなさまにもご協力願います」
同時に頭を下げる双子。
「土方さん、いっそ殺っちまったらどうだ?あからさまにってわけじゃなく、事故にみせかけて。バタバタしてる時期だ、なにがあってもおかしくないだろう?」
「いえ、原田先生。いくら性悪で根性がひねくれており、卑怯でめめしく陰険で、まれにみる極悪人、しかもしょんべんたれ、といえど、あの御仁も一応は人間で、蟻やふんころがし程度には生きる権利がございます。これは失礼、蟻やふんころがしが気の毒ですかな?兎に角、生きているものの生命を、気に入らぬからとか鬱陶しいからという理由で始末してしまうのも、いかがなものでしょうか。おっ立たない、という理由も同様に・・・」
全員の、厳密には俊春以外の全員の口が、半開きになっている。
いや、たしかに、たしかにいけすかない、と思っている。腹が立っている。ぶん殴ってやりたいとも。とくに、さきほどの件に関しては、全員が等しく沸点越えしている。
だけど、そこまでいうか?
しかも、最後のおっ立たないというのは?
「そうか・・・。たしかに、最悪最低なカス野郎だが、気の毒なところもあるんだな」
原田・・・。
いや、どういう意味だ?なにに同情している?
「まっ、すくなくとも、おれには関係なさそうだ。そこは省いていいよな、副長?」
「わたしも、同様でございます」
意味のわからん原田の確認、それに同調する俊春。
全員が、副長をみる。
「あ?」
突然、話をふられ、しかも、意味があるのかないのかもわからぬ内容の確認に、さしもの副長も対処に困っている。
「わたしも、そこは省いてよいかと。船でまた揉め事を起こさぬよう、祈るばかりですな」
俊冬は、副長やおれたちの深まる謎をよそに、一人結論をくだすと「ははは」と大笑した。