「おまえはもう 死んでいる?」
「賄人といえど、生命は大事。わが身は護らせていただきます。副長、ご許可を」
「ああ、存分にやってくれ。いっとくが、賄人や小者って体裁にしてるが、おめぇらは隊士じゃねぇ。おれの相談役、おれたちの友人だ。気兼ねなど、なんにもいりゃしねぇ」
「・・・。ありがたく」
わずかな間ののち、俊冬は、四本しか指のない掌をあげ、中指、おおっと、人差し指を立てる。
「わたしは、井上先生の戦いと、その死をみ届けました。先生の遺志を受け継ぎ、みなさまに伝えています。先生の血を受け継ぐ泰助や、遺志を受け継ぐ手下の方々に、卑怯者のあなたがいうべきは、謝罪であって揶揄ではない。わたしは、自身、臆病で卑怯がゆえに、同類が許せぬ性質・・・」
俊冬は、腕を伸ばすと指をくい、と曲げる。
「いかがいたしましたか、大石先生?わたしは、無腰。存分に、討たれよ。僭越ながら、この指一本で抵抗させていただく」
そこではじめて、双子が帯刀していなことに気がつく。
部屋をでてくるとき、自分は「之定」をひっつかみ、帯びながら縁側にでた。フツー、騒ぎがあったら、だれでもそうする。
双子は、得物を部屋に置いたままにしてでてきたと?
「くそっ!」
大石は毒づくなり、いきなり突きをくりだす。
上段にふりかざして、という余裕すらないらしい。
「・・・!」
大石は、近間よりわずかに遠い位置で両腕を伸ばし、「安定」を俊冬めがけて突きだしている。
こちらに背を向けているので、詳細はわからない。が、大石の驚愕の表情をみれば、とんでもないことが起こっていることはわかる。
「ば、ばけものか、貴様っ」
大石の声は、みっともないほど震えている。
「これが、新撰組一の人斬りの突きですかな?鋭さもさることながら、狙った位置もじつにまずい」
俊冬が、ゆっくり腕をあげる。一方、大石は得物をひくこともおすこともできぬまま、かたまっている。
「うそだろ」
だれかのつぶやき。
おれもおなじことを、口中でつぶやいてしまう。
指一本。
俊冬は、大石の突きを、人差し指の指の腹でうけとめている。
「これならば、棘が刺さった程度にもなりませぬな。子どもたちのほうが、よほど強烈な突きをはなてるというもの・・・」
俊冬の声は、場違いなほどあかるくやさしい。
またもや、三次元的な業・・・。
よくぞ、指先が吹っ飛ばされなかったものだ。っていうか、指先で、よくうけとめたものだ。
大石のさきほどの突き、けっして遅いわけではない。むしろ、神速の不意討ちだった。
なのに・・・。
「大石先生、死者や生者に敬意を払っていただきたい。味方や敵も同様。さらには、人間や動植物、物にも。いまあなたが生きて、わたしの人差し指を突いているのは、井上先生をはじめとしたおおくの死者、林先生をはじめとしたおおくの怪我人のお蔭です。それを、かたときも忘れないでください。かような見苦しきこと、だれもみたくないしききたくないはず」
穏やかに諭す俊冬。
一方、大石は憤怒の表情である。
あらかた、起死回生をねらい、策を練りまくってるんだろう。
「無駄ですよ、大石先生。おやめなさい。わたしの指から、「安定」をひくこともままならぬではありませぬか」
俊冬も、気がついている。忠告する。
「得物をもつあなたを、指一本でやりこめる相手に、いかなる策も業も通じませぬ。どうか、このままひいてください」
遠回しに、「レベルが違う、役者が違う、おとといきやがれ」、と丁寧にお願いする。
ああそうか、これが双子のいう「丁重にお願いする」、なんだ・・・。
なんて慇懃無礼、不遜で脅迫的なお願いなんだろう。
「な、なんだと?ならば、その奇妙な指をひっこめやがれ」
炎上男の逆上っぷりは、哀れを飛び越え、いっそすがすがしい。
「ああ、これは失礼いたしました」
なにがかわったのであろう?
俊冬の謝罪とともに、大石はやっと「安定」をひくことができた。
刹那、大石から殺気がはなたれる。
俊冬は、かれに背を向け、弟をうながしこちらにもどってきつつある。
「おやめなさい、大石先生。申したはずです。指一本です。たった指一本で、生命を落とすのも、馬鹿馬鹿しいでしょう?」
指一本で、生命を落とす?
まさか、「経絡O孔」でも突くと?「ひでぶっ!」、と大石の頭が爆発すると?
なんか、みてみたい気がする・・・。
双子なら、「ケンOロウ」や「ラOウ」のごとく、「北O神拳」っぽい業を平気でつかいそうじゃないか。
大石には悪いが、その瞬間を期待してしまう。
と、餓鬼のころ信じてた業に思いをはせている間に、またしても、大石の突きが炸裂した。
俊冬の背を襲う、「安定」の切っ先。
「・・・!」
大石が俊冬の近間に入りきらぬうちに、俊冬のほうが大石の懐を脅かしている。
半身をひらいた俊冬の人差し指が、大石の眉間の位置でとめられている。
「わたしは、「狂い犬」のように甘くはない」
それは、肉食獣の唸り声のようである。
「おろかな人間よ。わたしを、起こすな」
たしかに、そうきこえた。
くるりと振り返り、こちらにあるいてくる俊冬。
そのうしろで、その場にへたりこむ大石。
殺気や闘気といった気を、感じたわけではない。
それなのに、なにゆえ、なにゆえこれほど怖ろしい、と感じるのか。
こちらに向かってくる俊冬の表情は、なにもない。誠に、なにもない。
自分が震えていることに、気がついた。
おそらくそれは、おれだけではないはず。
へたりこむ大石の周囲の土の色がみるみるかわり、水溜まりをつくるのは、ちらつきはじめた雪のせいではない。