人斬り大石の再炎上
「井上先生は、立派な最期を遂げられたんだぞ」
「そうだそうだ」
「貴様っ、ゆるさんぞっ」
「なにごとだ?いってぇ、なにをやってる?」
副長の眉間に、濃く皺が刻まれる。
いいきるまでに立ち上がり、廊下をあるきだしている。
おれたちもつづく。
どうやら、宿の庭で騒いでいるようだ。
子どもらが身を寄せ合うようにしていて、泰助がわんわん泣いている。
鉄と銀が、両脇に寄り添っている。
その子どもらを護るように、相棒が四肢を踏ん張っている。そのさらにまえには、七番組の隊士四名がいる。
いずれも、抜き身を掌にして・・・。
四名とも戦で負傷し、腕や脚や頭に包帯を巻いている。
かれらが対峙しているのは、自称「新撰組の人斬り」にして、炎上男大石。そのうしろには、大石の手下らがいる。
「なにをやってる、てめぇらっ!」
副長の一喝で、全員がこちらに注目する。振り向いた七番組の隊士たちは、いずれも相貌を真っ赤にしている。
「副長、こいつら、私闘をするつもりだったんですよ。切腹ものですよね?」
すました表情で、大石が告げる。
周囲で、舌打ちやら小声での野次やらがおこる。
すごい。たった一行の台詞で、こんなに反響があるなんて・・・。
ある意味、売れっ子お笑い芸人よりうけてる。
「てめぇら、しまえ。田部、なにがあった?」
七番組の隊士たちに命じる副長の声に、怒りは感じられない。
大石のほうに非があると予測、いや、確信しているから。そして、その理由についても、見当をつけているから。
とりあえずは、納刀する隊士たち。
副長に促され、七番組の最古参田部が、重い口を開く。
田部は、以前、相棒に小刀をプレゼントしてくれた元極道である。両掌をあわせて七本しか指がないのは、さきの戦闘で吹っ飛ばされたり、ぶった斬られたわけではない。昔、ツメたのである。
「大石が、泰助に組長のことを申しました」
さすがは、元極道。「高O健」ばりに、口数がすくない。
「副長、ひどいんです。あいつっ、「井上先生は剣がまともに遣えぬので、死んであたりまえだ」って、そんなひどいことをいうんです」
銀は、ふだんは無礼なことをいったりしたりすることがあまりない。その銀が、大石を指さしきっぱりいう。
それに刺激されたのは、七番組の隊士だけではない。永倉、原田、斎藤の掌が、鞘にかかる。
「おめぇら、やめろ。ぶった斬ってやりてぇのは、おれもおなじだ」
たしなめる副長の囁き声は、怒りマックスで震えている。
「大石先生、井上先生は、単身、薩摩の銃隊に向かわれました。怪我人を、護るために。そして、最期までけっしてあきらめず、戦われたのです」
俊冬が、語りながら子どもらと隊士たちのまえにでる。もちろん、俊春もそれにつづく。
「大石先生、あなた方は、じつにきれいだ。まるで、物見遊山にでもきている、あるいは、いってかえってきたかのようです」
俊冬の、その意味深な言。
おれだけではない。子どもらですら、気がついたであろう。
たしかに、大石の手下も、数は減っている。が、大石自身も含め、すくなくともここにいる連中はまともである。
着物、体、相貌、髪、まったく戦塵の名残がない。
直接、戦闘に参加していない子どもらですら、この逃避行で着物が汚れていたり、破けていたり、脚や腕をすりむいていたり、としているのに・・・。
なにより、気がちがう。悲しみ、怒り、絶望、そういった負の感情、気をもっていない。
副長をみる。眉間の皺はもとより、歯がボロボロになりそうなほど歯ぎしりし、掌は痛いほど握りしめられている。
「あれだけの混乱のさなか、うまく避け、逃げるこのとできる手練は、称讃に値しますな、大石先生?亡くなった手下は?見捨てられましたか?あるいは、逆らわれ、斬りましたか?」
俊冬と俊春は、すべてお見通しなのである。
「しかも、面白半分に虚偽を伝え、山崎先生や主計を危険にさらした」
推理物のクライマックスシーン。
探偵や刑事が、関係者のまえでみずからの推理をおったて、真犯人を追い詰める。
まさしく、それ、である。
「大石っ、貴様っ!」
おれたちの脳と精神は、俊冬の推理を真実として、なんの疑いもなく受け入れてしまう。
俊冬が、特殊能力っぽいものをもっているからではない。糾弾している相手が、大石だからである。
鯉口をきっているのは、ほぼ全員。おれですら、きりかけている。
永倉、斎藤、原田が、同時に駆けだす。三人は、縁側から庭に飛び降り、素足で駆けだしている。
島田や蟻通も、素足で飛び降り、鯉口をきったまま構えている。
七番組の隊士たちも、ふたたび得物を抜こうと腰を落としている。
「やかましいっ!賄人のくせして、なにを寝とぼけたこといってやがるっ」
逆切れする、炎上男大石。
いうがはやいか、「安定」を抜き放っている。
手下たちも、自分たちの不利を悟ったのか、仕方なくっぽい雰囲気で得物を抜き放つ。
まさしく、一触即発。
俊春が、うしろに迫る永倉らを制止するのに、三本しかない掌をあげる。
万が一にも、子どもらに危害が及ばぬよう、立ち位置も考慮しているのはさすがである。
「私闘は禁じられているのでしたな、副長?どうやら、大石先生は、賄人を無礼討ちされたいらしい・・・」
俊冬は、こちらに背を向けたまま副長に告げる。俊春とおなじく、華奢な肩に、ちいさな背・・・。
無礼討ち・・・。新撰組の法度のなかに、それを咎める項目はない。
大石は、俊冬を堂々と斬ることができる。