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「鬼の官兵衛」

 その夜、副長を島原に招待したのは大坂の大店である。


 山崎の調べでは、薩摩藩の息のかかった店らしい。


 罠、以外のなにものでもない。それでも、副長はのった。わかっていて、である。


 新撰組に放たれた刺客を誘き寄せるため、副長はみずから餌になった。


 同道したのは、おれと相棒、そして大石。たったそれだけである。


 招待されたのは副長だけではなく、会津藩の重臣田中土佐たなかとさもである。


 田中とは、先日、相棒をみせにいった際に黒谷あいづで会っている。


 柔和な顔つきで、人のよさそうな「おじさん」といった感じの男である。


 田中は、藩士を一人同道していた。


 その同道者のことも、しっている。


 その男もまた、幕末を生き残った男である。


 が、残念なことに、明治に入ってから起こった西南戦争に従軍し、そこで鉄砲玉を喰らって戦死する。


 凄腕の剣士として名高く、酒豪としても有名である。


 佐川官兵衛さがわかんべえ。「鬼の官兵衛」、「鬼佐川」という異名をもつ武人。


 ここにも鬼、というわけである。


 web上でみた写真から、小柄で頑固そうな印象イメージをもっていた。

 そして、島原の酒席で会った印象それもほぼ一緒である。


 会津藩の二人は、すでに座敷そこにいた。


 さすがは酒豪と名高いだけある。おれたちが座敷に上がったとき、すでに真っ赤な相貌かおで上機嫌である。


 狙われているのは、なにも新撰組の両局長だけではない。


 会津藩もまた、薩摩の、あるいは、長州のかたきなのである。


 田中は、そのことをしっている。ゆえに、佐川を同道させたのであろう。

 

 佐川は、酒での失態がおおい。すくなくとも、ウイキペディアではそう記載されている。


 実際、こうして目の当たりにすると、佐川が功夫の「酔拳」ならぬ「酔剣」の遣い手でないかぎり、酔い潰れてしまいそうな勢いで杯を上げている。


 副長のほうをこっそりうかがうと、その眉間に皺が濃く刻まれている。


 大店の旦那は、それはもうぺらぺらと、おいしい話ばかりをさえずる。


 さすがに、本物ものほんの商人に違いはない。だが、大坂商人は肝が据わり、駆け引きに巧妙で、かつ役者である。


 田舎武士と、にわか武士相手に、まったくひけをとることなく、嘘八百に違いない資金提供をひけらかしつづけている。


 田中も副長も、それを辛抱強くきいている。佐川は、その横で杯をあげつづけている。大石は、窓際でこじんまりと手酌でちびりちびりと呑んでいる。


 例のごとく、呑む振りに徹する。

 相棒は店の主人に頼んで、裏庭にある物置の裏手にまたせてある。


 店は、会津藩御用達である。こちらから、指定したそうだ。滅多なことはないと思うが、かりに刺客が裏口から侵入したとしても、相棒がすぐにしらせてくれる。

 ゆえに、物置のなかにではなく、裏手に潜ませた。


 実現しないであろう資金提供の話の後、茶屋から呼んだ芸妓たちと、しばし島原の夜っぽいものを味わった。


 もっとも、佐川はかわらず自分のペースで酒を呑んでいるし、大石もまた同様に、一人はなれて手酌でちびちびやっている。


 田中は、機嫌のいいふりして芸妓たちと談笑している。副長にいたっては、芸妓たちが自分たちの仕事を忘れ、イケメンにボーっとしたを向けているのを、満足げに拝んでいる。


 おれは、そんな様子を、呑む振りをつづけながら眺めている。


 一応、横に可愛らしいが侍ってくれたが、このあとに起こるであろう騒擾と、昼間に起こった体への虐待で、愉しむ余裕などない。


 永倉と吉村の稽古は、おれにとっては虐待そのものである。


 誤解のないよういっておくが、おれ自身に対してではない。あくまでも、おれの心身に対してである。


 そして、島原での夜は更けてゆく。

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