”リケダン”小野友五郎
局長は怪我人をみにゆくといい、一番組の隊士を供に連れ、城にいった。
「で、だれがやる?」
朝餉のかすかなにおいが残る部屋で、車座になり、副長の指示をまつおれたち。
永倉は腕組みし、胡坐をかく太腿を揺すっている。その瞳は、きらきらしている。
さすがは、トラブル・カモーンの「がむしん」だけのことはある。
「だが、動ける者はおおくありません。それに、正直、これ以上手下を傷つけたくない・・・」
「斎藤のいうとおり。土方さん、隠密なら、少数精鋭のほうがいいだろう?」
「少数精鋭ってところは賛成だが、左之、荷をそんだけの人数で運べるものか?十八万両って、どんだけの数に重さだ?」
千両箱にすれば、180個。一箱、たしか15キロ以上だと記憶している。重さは、すくなく見積もって2700キロ。720貫といったところか。
そこに、武器や什器がくわわれば、はたしてどのくらいの量や重みになるのか・・・。
「ここにいる全員。それから、島田に勘吾。雅次郎に忠助。馬をつかうので、才輔も必要だな。あとは、久吉に鳶、か」
変わり者隊士の蟻通勘吾に、新撰組の旗役の尾関雅次郎。影は薄いが、副長が蝦夷で死んだ後、「兼定」の下げ緒を日野の佐藤家に届けた人物である沢忠助。
この人選に、内心でほっとする。
名のあがった面子は、江戸にいくことになっている。
「隊士たちにはだまってろ。みな、いきたがる。それに、ほかにしられりゃことだ」
「承知」
こうして、メンバーはきまった。
とそこへ、榎本が小野を連れて戻ってきた。
小野友五郎もまた、幕臣で海の男である。数学者でもある。あの「咸臨丸」で航海長をつとめ、勝海舟とともにアメリカに渡ったことでも有名である。
そして、かれは親父と同郷。元笠間藩士である。
いや、もちろん、出身地がおなじというだけで、縁もゆかりもまったくない。
ウイキペディアに、アメリカで撮ったといわれるかれの写真が載っている。
古いモノクロ写真なので、どこにでもいるおのぼりさんって感じにみえるが、実際の小野は、いかにも理数系。物事を白か黒かでわけ、真面目で執着心が強そう。
丸眼鏡をかけており、いかにも「リケダン」である。
年齢は、勝海舟よりも上で、五十歳くらいか。
ガチ文系のおれには、ちょっと苦手なタイプかも・・・。
「小野友五郎だ」
さすがは「リケダン」。かなりまともっぽい。
名乗ると、一人ひとりと握手をかわす。
「釜次郎から、話はきいているな?さっそく、打ち合わせに入らせていただく」
おおおっ、さすがすぎる。
いきなり、本題。
車座になった真ん中に、大坂城内の見取り図、運び出してからの輸送ルートを記した図をひろげる。
そのとき、双子が茶をもってきた。
腹をこわしそうな、茶菓子はない。
「伊庭君と釜次郎からきいた。おぬしら、上様がどれだけ落胆されているか・・・。もっとも、幕府についてくれただけ、よしとせねばな。朝廷についていれば、いまごろ、江戸で勝や小栗らを暗殺し、王手をかけていたであろう」
「小野殿、あいかわらず手厳しいお方だ」
俊冬がいい、俊春ともども苦笑する。
「ですが、そうはならなかった」
「ああ、伊庭君のおぬしからの言伝で、上様は江戸へ帰還しだい、勝を召され、任せるであろう。さて、ときがない」
双子が、朝廷や薩長に味方していれば・・・。
これまで、考えたこともなかった。
二人はいつの間にかいて、それがあたりまえのようになっているのだから。
副長と、視線があう。
きっと、副長もおなじ思いに違いない。
小野の「リケダン」力は、新撰組をも黙らせるなにかがある。
打ち合わせは、滞りなくスムーズにすすみ、おわった。
双子は、敵の情勢を探りにでた。
そういえば、かれらの寝姿をみたことがない。
以前、「兼定御殿」で一夜を過ごしたときも、さきに落ちてしまったし、目覚めたときには朝餉の準備や薪割りをしていた。
そもそも、ゆっくりするなんてことあるんだろうか?
そんな馬鹿げたことやどうでもいいようなことを、考えてしまう。
副長のもと、今宵のメンバーが集まり、詳細に打ち合わせる。
安富と鳶が、「豊玉」と「宗匠」を連れてさきに城へゆき、城にいるほかの馬とともに、荷車につないで準備する。
荷車も馬も、小野が手配する。
夜陰に乗じ、おれたちは城に忍び込み、蔵からすべてを運びだし、荷車に積む。
それから、八軒家浜まで運び、そこから船で「富士山丸」へ。
おれたちの仕事は、八軒屋浜までの輸送。
そこは、現代では天満橋駅のすぐちかくである。
タイミングは、今宵のみ。
明日には、敵軍が到着し、城の受け渡しがおこなわれる。すくなくとも、史実ではそうなっている。
今宵を逃せば、運びだすことはできない。
幕府側の残留兵が火を放ち、燃えてしまうか、敵の掌に渡ってしまう。