食膳攻防戦とおねぇ疑惑
「おかわり」「おれも」「わたしも」「わたしもだ」
って、どんだけ早喰いなんだ?
「ちゃんと噛みなさいっ!」
もそもそと噛みながら、心中で叫ぶ。
永倉と原田など、お茶漬けでもないのに、飯をさらさらと茶碗から口に流し込んでいる。
「おかわり」「おれも」
かいがいしく給仕をする双子。
そして、すでにおかずや香の物もないのに、まだおかわりを要求する永倉と原田。
そのとき、対面の永倉が、あろうことかおれの膳の上の沢庵を狙ってきた。
神道無念流皆伝の箸技が炸裂し、襲ってくる。
くそっ!とられてなるものか。
ちゃんと、計画立てて食しているというのに。この沢庵を取られたら、つぎのおかわりは、飯だけで喰わねばならぬ。
食物を護る!人間の、本能である。
永倉の箸先をみきわめ、その軌道上にわが箸をおったてる。
「かつんっ」
箸同士があたり、絡み合う。
そのとき、左翼の原田が動く。なにゆえか、おれにはそれがよめた。ゆえに、返す掌で、原田の箸を弾き飛ばす。
「ちっ」
原田の舌打ち。
なにいいいっ!伏兵かあああっ!
斎藤の居合箸っ!抜かれた箸が、いままさに、無防備になった膳の上の沢庵を・・・。
「卑怯なっ!」
叫びつつ、箸をそのまま突きだす。
「・・・!」
「・・・!」
斎藤とともに、絶句する。
斎藤の居合箸は俊冬の指の間に、おれの突き箸は俊春の指の間に、それぞれはさまれている。
柳生新陰流奥義、「無箸取り」・・・。
「さ、さすが・・・」
「渾身の突きが・・・」
斎藤とともに、嘆息する。
「榎本さん、あんた、かような馬鹿どもに頼んでるんだ。もっとまともなとこに、話とおしたほうがいいと思うがね」
副長は、おおきなため息とともに忠告する。
その横で、局長は笑いを噛み殺している。ここで馬鹿笑いをすれば、副長に叱られてしまう。
「いや、やはりきてよかった。土方君、ぜひとも頼みてぇ」
「はあ?あんた、いかれてるぜ」
口ではそういいつつ、榎本の頼みを呑むであろうことはわかっている。
厳密には、榎本の依頼内容を面白がっている。
それは、副長だけではない。組長たち、双子、そして、おれ。みな、危険で困難な任務をやりたがっている。
「局長?」
「ああ、副長、協力すべきだ。幕府のものは、人間であろうと物であろうと、いっさい、敵の脅威にさらしたくはない」
副長がみなまでいわずとも、局長にはわかっている。
「榎本さん、新撰組もこの戦で痛手を受けてる。動ける者はすくない。が、腕は確か。もっとも、馬鹿ばっかだが。それでもよけりゃぁ、協力しようじゃねぇか」
「土方君・・・。恩にきる。君とは、仲良くやれそうだ」
「はあ?あんた、やはり、いかれてる・・・」
突然の、「お友達以上恋人未満」的宣言。
榎本は、呆然としている副長に膝をすすめると、がっしりとハグする。
フリーズ状態の副長、呆気にとられているおれたち。
「小野さんを、連れてくる」
かれは、立ち上がるとカイゼル髭をしごきつつ、軽やかな足取りで部屋をでてゆく。
「おっ、忘れてた。朝餉、ごちそうさん」
顔をのぞかせ、礼をいう。
そして、去った。
かろやかなスキップ音を、廊下に残して。
「あれも、おねぇなのか?」
永倉がきいてくる。
「いえ、榎本さんはそんな話はありませんが・・・。海外の生活経験者だからでしょうか?」
日常的に、オランダ人はあれほど熱くハグしたりするのだろうか?
残念ながら、オランダ人と親しくしたことがない。ゆえに、わからない。
きっと、そうなんだろう。
でないと、副長は、またもや脅威にさらされることになる。
「燃えるような愛」、の脅威に・・・。