強奪計画
「大坂城の蔵にあるもんを、運びだしたい」
これ、これである。
宿の使用人が寝泊まりする部屋。ひろさは、十畳くらいか。
そこに、局長、副長、永倉、原田、斎藤、島田、おれ、そして、榎本がいる。
榎本は、廊下側の障子をみつめ、それから、局長へ視線を戻す。
局長は、まだ包帯が取れていない。つい先日まで、腕を吊り、肩をかばっていたらしい。いまは、表向きはなんでもないよう装っている。
負傷者の手前もあるし、なにより、士気にかかわる、というわけである。
榎本が、人差し指をくいくいと曲げる。全員が、さらに膝をすすめ、上半身をかれへと寄せる。
「武器弾薬、什器が残されてる。さらに・・・」
もったいぶったそのいいぐさに、副長の眉間の皺がさらに濃く刻まれる。
「十八万両、すごい額ですよね?」
つい、いってしまう。
「あ、ああ、よくしってるじゃねぇか」
文字どおり、瞳を白黒させる榎本。
「ええ、さる筋から」
嘘ではない。webという未来の情報網からである。
「十八万両?」
みな、たがいの相貌をみ合わせている。
当然である。
じつは、この時期の一両あたりの価値は、十年前と比較しても急落している。つまり、インフレである。
江戸時代の貨幣の価値は、というようなサイトやブログがあるが、おれのみたデータは、たしか一両2600円くらいであった。
ということは、4憶6千8百万円・・・。
まぁ、年末ジャンボ宝くじだと、一等前後賞合わせてそれ以上の金額になるので、正直、腰を抜かすほどの金額ではない。
もっとも、いまから十年、二十年まえとなると、かなりの金額になる。
「敵に、くれてやるどおりはねぇ。そう思わねぇか?」
さしもの副長も、言葉もない様子である。
「いまのうちに運びだし、「富士山丸」に積み込みてぇ」
「それをなにゆえ、われわれにもちかける?」
副長のいうことはもっともである。
榎本が、大坂城からもちだしたということはしっているが、だれが、とまではしらない。
もちろん、量が量だけに、かれ一人でもちだせるわけもない。ということは、かれの采配で、集団でもちだしたことは間違いない。
「しられたくねぇ。城にいるのは、怪我人か、妄信的な連中ばかり。そして、それ以外は悪党か、てめぇのことしか考えちゃいねぇだろう。もちかけたところで、下手すりゃ敵にしられる。あるいは、こっちの身が危うくなる。だが、あんたらは違う。集団として、まともに機能してる。なにより、面白れぇ」
榎本のいうことは、いちいちもっとも。
最後の面白い、というところは意味がわからないが。
「こっそり、迅速に運びだしてぇ。どうだい、近藤さん、土方君、掌を貸しちゃくれねぇか?似てねぇ双子にも、話はしてる。が、あんたらに相談してくれ、という。もっとも、最初っから、そのつもりだったがね」
「いや、それは・・・」
いい淀む局長。
心情的には、掌を貸したいのであろう。が、人手不足だし、よくよく考えれば危険である。
敵も、その存在はしっているはず。現に、薩摩の西郷隆盛などは、それをあてにしていた節がみられる。
軍を動かすには、金子がいる。寝返った藩もおおい。あらゆる意味で、必要なのである。
しられれば、狙われるにちがいない。
それに、敵だけではない。自棄になっている味方にも、襲われる可能性は充分ある。
無事、運びだせるのか?そして、運べるのか?
沈黙のなか、廊下から声がかかる
双子が、朝餉を運んできてくれたのである。
そして、話はいったん中断し、全員が無言のうちに朝餉を食す。
相棒には、俊春がもっていってくれたという。
しかも、どこからか沢庵を調達し、添えてくれたという。
相棒が、さぞかし狂喜乱舞したことだろう。容易に想像できるし、狂喜乱舞っぷりが瞳に浮かぶ。
こうしてまた、俊春の株があがる。もちろん、おれの下がりつづけてる株は、さらに急落。
もはや、底なしどころか、地球の裏側までいっちゃってるっぽい。
「おっ、沢庵じゃねぇか?俊春、おめぇか?」
「はっ」
「俊春、おめぇの精神、おれは忘れねぇ。おめぇのおれへの気持ち、いつか報いるつもりだ。すまねぇ、涙がでちまう」
きれいな指先で、目頭を拭う副長。
「ありがたき幸せ」
一礼でもって応じる、俊春。
そして、ここにも沢庵に狂喜乱舞する男が・・・。
しかも、精神世界にどっぷり浸り、感極まっている。
瞬間接着剤で貼られてる、役立たず腐隊士のレッテル。
剥がし液や、知恵袋的な手段をもちいても、ぜったいに「ムリーッ、剥がせない」、のレベルっぽい。
そんな葛藤も、超絶マックスに減った腹には勝てぬ。
悲嘆に暮れつつ、せっせと箸を動かす。