そそるのか?
「局長、副長、釜次郎殿が、おりいって頼みがあるとおっしゃいますので」
「ああ?おめぇら、もう城にいってたのか?ちったぁ体躯を休め・・・」
副長は、榎本を伴ってきた俊冬にいいかけ、思いだしのであろう。
双子は、薩摩の軍服から、幕府側のどこかの隊の軍服に着替えている。
城とともに果てようとしている幕府側の人々を、さっそく説得にいってくれたのである。
「副長、お気遣い痛み入ります。なれど、深更、いい気分転換ができましたので」
俊冬は、男前の相貌ににやりと笑みを浮かべ、こちらへ視線をはしらせる。
すると、俊春も同様の表情で、こちらをみる。
「おほっ!いい気分転換って、やはりアレ、だよな、アレ?」
「ええーっ、アレってなんですか、原田先生?」
「どんなにいいことなんですか、原田先生?」
原田のアレ発言に、子どもたちがすぐに喰いつく。
いやちょっとまて。まってくれ。アレって?アレってなんだ?
「立ち話もなんです、榎本殿。さあ、なかへ。朝餉は?」
おれのパニックをよそに、局長が榎本の肩を組まんばかりに親しげに誘い、宿のなかへと導く。
「城にはろくなもんがねぇんで、まだなんにも喰っちゃいませんよ。ありがたい。ぜひともよばれましょう」
うれしそうな榎本の声。宿のなかから、笑い声まできこえてくる。
一瞬、食事をたかりにきたのか、と勘繰ってしまう。
「飯だ、飯だ」と、リアル児童とそうでない児童たちが、つれもって宿のなかへはいってゆく。
「ちょっ、ちょっとまってください。アレっていったいなんなんです、俊冬殿?」
双子にちかづくと、俊冬の肩をつかむ。
「アレ?気にするな」
俊冬は、相貌をちらりとこちらへ向けただけで、とっととあるきだそうとする。
「気になるにきまってるじゃありませんか」
「主計、首謀者に会ってきた」
「はい?」
かれの「ゴーイング・マイウエイ」っぷりはあいかわらず。
一瞬、なんのことかわからない。
「あ、ああ・・・。さっそく?ありがとうございます」
「丁重にお願いしてみたが、あれは馬の耳、だな。否、「豊玉」や「宗匠」のほうが、よほどゆうことをきいてくれる」
俊冬が「宗匠」の背を撫でると、「宗匠」の耳が動く。
馬耳東風、か・・・。
「腹がへった、と申しておる」
馬の代弁者でもある俊春。
「おお、すぐに朝餉にしような」
馬フェチの安富が、慌ただしく去ってゆく。
「相棒、宿の人に朝飯を頼んでおくから、まっててくれ」
相棒にいいおくと、おれたちもなかに入る。
「幾度か試みてはみるが・・・。すべては無理だ。気の弱そうな者を翻意させよう」
「おねがいします」
廊下をあるきながら、思案する。
榎本の訪問の見当はつく。
が、結局、アレっていったいなんなのか・・・?そっちの見当は、正直、つけたくない。
朝食・・・。
鯵のひらきに味噌汁、香の物、白米。
現代にもあるメニュー。白米と香の物は、おかわり自由。
そのおかわり自由、というところが曲者である。おれたちにとっては、ではなく、宿にとっては、という意味で。
こぞって「宮本Oなし」とか「やOい軒」とか、おかわり自由系のところにいったら、即出禁になるレベルの消費量になる。
足りればいいのだが・・・。
現代で、家庭用なら早炊きできる機能のついている炊飯器はあるが、この時代はそれこそ、「はじめちょろちょろ、なかぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな」である。間に合うわけもない。
と、いらぬ心配をしてしまう。
幹部と榎本の分は、宿の使用人の部屋に準備してくれている。っていうか、前垂れをつけた双子が、せっせと準備してくれている。
「軍服も似合うが、前垂れ姿もいやにしっくりしてるな」
永倉のつぶやきどおり、老舗旅館のお女中さんより、堂にいった恰好と働きぶりである。
「どうせ、旅籠ででも働いてたんですよ」
つい、つぶやいてしまう。
「おほっ、二人とも、かわいいじゃないか?」
原田の歓喜のつぶやき。
炎上しちまえ、って、マジ思う。
「ふん、たしかに前垂れ姿は女子っぽくてそそらんでもねぇが、洋装姿は、おれのほうが見栄えがするってもんだ」
さらなるつぶやき・・・。
さすがは、超絶ナルシストの副長。着たこともない洋服で、勝ってる宣言。
まぁたしかに、残ってる洋装姿。現代でもあれほどおしゃれに、しっくり着こなしている男はおおくはない。
それは、認めるけど・・・。
それに、双子の前垂れ姿、そそるんだ・・・。
双子は、ここでも大活躍。宿の使用人にかわり、隊士や子どもたち、会津藩士や桑名藩士たちに声をかけながら、朝食を運ぶ。
それにしても、人数が減っているとはいえ、よくぞ食器やお膳が足りたものだ。
で、幹部は最後。局長の指示らしい。
その時分には、榎本の話もおわっていた。
榎本の話は、予想どおりであった。