「キャッスル」 譲渡契約
「副長」
いきなり呼ばれ、二人で飛び上がってしまう。
小声であったが、おれたちに気配を感じさせずに近間に入り、声をかけてきたのである。びっくりするのは当然であろう。
「おめぇらか・・・。おどろかせやがって」
副長は苦笑しつつ、双子に向き直る。
双子は、いまだに薩摩の軍服を着ている。とはいえ、さすがに敵のものである。これぞ敵の軍服とわかる上着は脱ぎ、シャツにズボン姿である。
こんな超薄着で、よくぞ寒くないものだ。
しかも、俊春のそれは、死んだ兵からの形見。ところどころ血が付着している。
その血のにおいが、鼻をつく。
副長も、そうと気がついたようである。眉間に、皺がよる。
「二人とも、ご苦労だった。疲れただろう。おめぇらが、だれよりも動きまわってる・・・」
「いえ、副長。われらは、なんの考えもなく、思うつくままに動いているだけ。体力だけはございますので。それよりも、副長こそお疲れかと。今宵くらい、おやすみになられては?」
副長にかぶせ、俊冬がすすめる。
思うつくまま?
いや、正直、副長よりもアンテナをはり、こまごまとしたところまで気を配っている。そのうえで、動いてる。
それを、思うつくままと?
かれらこそ、心身ともに疲れきってるはず。
もはや、体力云々の問題じゃない。
「ああ、すまねぇ。このあと、そうさせてもらう。それよりも、大目付はなんの用だった?」
「上様は、城を去るまえに妻木殿をひそかによばれ、敵がやってきたら、滞りなく城を明け渡すよう、指示されたと。その明け渡しの際、われらにも同席させるように、とも」
分譲マンションの契約の立ち合いをするみたいに、さらりといってのける俊冬。
副長と、視線を合わせてしまう。
おれ自身は、城の明け渡しのことはしっている。副長は、そのことをしらない。それにくわえ、双子の立ち位置の重要性、いや、存在そのものの貴重性を、いまさらながら実感させられたであろう。
もちろん、存在の重要性においては、おれも再認識せざるをえない。
歴史上の人物・・・。
おれのしるそれに、まったく存在しない二人・・・。
その二人が、どれだけのキーパーソンであるのか。
これ以降、どれだけその重要度を増してゆくのか・・・。
わかるわけない。想像すらできない。
歴史の表ではなく、裏舞台に立つ存在?
あるいは・・・。
「あの・・・」
おずおずと口を開くと、三人が注目する。
「上様は当初、「城を枕に」、とかおっしゃって、出陣の檄を飛ばしたと伝えられています。それを、残された幕臣たちが忠実に護ろうとし、城のいたるところに火をつけてまわります。最終的には、受け渡しのまえに大火がおこり、城は焼け落ち、当人たちは切腹します。妻木様やあなたたちで、それをとどめることはできませんか?」
無理はわかっている。説得したところで、いったい、どれだけの人数が翻意してくれるか。
だが、なかには迷っていたり、疑問に思っていたり、空気に流されていたり、という者もいるかもしれない。
「約束はできぬ。おぬしも、それはわかっていよう、主計?だが、一人でも救いたいのは、われらもおなじ。その者たちの予想はつく。話してみよう」
「ありがとうございます、俊冬殿」
「おれも、おめぇらに頼みたいことがある。おいっ俊春、大丈夫なのか?」
副長が、俊春に声をかける。
めずらしく、ぼーっとしていたようだ。
「申し訳ございません。大丈夫です」
はっとしたように答える俊春。
「ならいいが・・・。まぁ兎に角、入って座れ」
副長の、仮の執務室。
超絶狭い布団部屋に、お邪魔する。